早稲田大学 スポーツ科学部 2011年 小論文 過去問解説

【2011年】

■ 設問

 これは、5STEPを使って解くべき問題。

1. 議論の整理→ 日本においてはスポーツの文化としての重要性が認識されていない

2. 問題発見→ スポーツにおいて精神的な側面は認識されてこなかったのではないか

3. 原因分析→ 豊かさをもたらす遊びの要素が否定されてきた

4. 解決策→ スポーツにおける遊びの要素を否定しない

5. 解決策の吟味→ プロスポーツ選手をどう位置付けるか

■ 答案例

  1. 議論の整理→ 日本においてはスポーツの文化としての重要性が認識されていない

日本におけるスポーツは、明治時代に欧米から流入してきた文化であり、政治的、経済的に利用されることはあっても、文化としての重要性が認識されることはなかった。

  1. 問題発見→ スポーツにおいて精神的な側面は認識されてこなかったのではないか

ここでの問題は、我が国においてスポーツが導入された経緯の中で、スポーツの定義のうち、鍛練や、闘争の手段といった身体的な側面だけが取り入れられてきたということである。すなわち、スポーツにおけるプレイの側面や身体運動による精神の解放、あるいは自己表現とその美しさといった精神的な側面はあまり認識されてこなかった。ここでは、スポーツにおける遊びの要素について検討したい

  1. 原因分析→ 豊かさをもたらす遊びの要素が否定されてきた

時折、サッカーや野球の試合で、チームが負けたり、特定の選手が目立ってミスをしたときなどに、「負けたのにヘラヘラしている」とか、「真剣味が足りない。遊んでいるのではないか」と批判されることがある。こうした発言は、スポーツから遊びの要素を否定する価値観に基づいているし、日本人はこうした価値観を持っている人は少なくない。しかし、スポーツにおいて遊びの要素がなければ、ここでも述べられているように、スポーツはオリンピックがメダルの数を争うだけの大会であり、闘争に勝つことだけを目的に鍛練するものに成り果てる。また、遊びは生きていくのに必要な仕事の合間にうまれた、豊かさの象徴である。つまり、スポーツに遊びの要素がなければ、スポーツによって豊かさをもたらされることはないと考えられる。

4.解決策→ スポーツにおける遊びの要素を否定しない

以上のことから、スポーツとは何か?ということを考えた場合、このようなスポーツにおける遊びの要素というのは極めて重要である。さらに、スポーツにおける遊びの要素を否定しないことがスポーツの価値を高めるということをすべての日本人が共有する必要があるのではないかと考える。

  1. 解決策の吟味→ プロスポーツ選手をどう位置付けるか

しかし、スポーツを、「遊び」と考えた場合、スポーツを仕事にして常に勝利を目指して鍛練を積んでいるプロスポーツ選手の存在と矛盾するかもしれない。なぜならば、一般的に遊びは仕事の対極に位置していると考えられているし、遊びは勝ったり負けたりするから楽しいのであり、常に勝利をしたらつまらないからである。しかし、アスリートが遊びを仕事にしている存在と位置づけるならば、常に真剣に勝利を目指す姿よりも、勝っても負けてもスポーツを楽しむ姿勢を体現することこそ、スポーツマンらしい姿であると考える。

 

 

日本におけるスポーツは、明治時代に欧米から流入してきた文化であり、政治的、経済的に利用されることはあっても、文化としての重要性が認識されることはなかった。

ここでの問題は、我が国においてスポーツが導入された経緯の中で、スポーツの定義のうち、鍛練や、闘争の手段といった身体的な側面だけが取り入れられてきたということである。すなわち、スポーツにおけるプレイの側面や身体運動による精神の解放、あるいは自己表現とその美しさといった精神的な側面はあまり認識されてこなかった。ここでは、スポーツにおける遊びの要素について検討したい。時折、サッカーや野球の試合で、チームが負けたり、特定の選手が目立ってミスをしたときなどに、「負けたのにヘラヘラしている」とか、「真剣味が足りない。遊んでいるのではないか」と批判されることがある。こうした発言は、スポーツから遊びの要素を否定する価値観に基づいているし、日本人はこうした価値観を持っている人は少なくない。しかし、スポーツにおいて遊びの要素がなければ、ここでも述べられているように、スポーツはオリンピックがメダルの数を争うだけの大会であり、闘争に勝つことだけを目的に鍛練するものに成り果てる。また、遊びは生きていくのに必要な仕事の合間にうまれた、豊かさの象徴である。つまり、スポーツに遊びの要素がなければ、スポーツによって豊かさをもたらされることはないと考えられる。以上のことから、スポーツとは何か?ということを考えた場合、このようなスポーツにおける遊びの要素というのは極めて重要である。さらに、スポーツにおける遊びの要素を否定しないことがスポーツの価値を高めるということをすべての日本人が共有する必要があるのではないかと考える。

しかし、スポーツを、「遊び」と考えた場合、スポーツを仕事にして常に勝利を目指して鍛練を積んでいるプロスポーツ選手の存在と矛盾するかもしれない。なぜならば、一般的に遊びは仕事の対極に位置していると考えられているし、遊びは勝ったり負けたりするから楽しいのであり、常に勝利をしたらつまらないからである。しかし、アスリートが遊びを仕事にしている存在と位置づけるならば、常に真剣に勝利を目指す姿よりも、勝っても負けてもスポーツを楽しむ姿勢を体現することこそ、スポーツマンらしい姿であると考える。(971文字)

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