慶應義塾大学 法学部 FIT入試 A方式 2018年 論述問題 解答例

■設問

模擬講義の概要
講義のテーマ:排外主義とは何か
講義の概要:
はじめに—排外主義の台頭と社会的分断
排外主義の発生に関わる諸概念
排外主義の活発化に関わる諸概念
事例:X 地区の歴史と現在
*大学1年生が受講して理解できるレベルの講義(50分)を行う。

 論述形式試験の概要
論述の設問内容:こちらを参照
解答の形式:A3レポート用紙形式・字数制限無し。

■答案構成

5STEPで書く

議論の整理→X地区において、外国にルーツを持つ人が凶悪犯罪の嫌疑により逮捕された。それを皮切りに外国人排斥デモが起きた。X地区の住民は、地域社会を守るために、排斥デモに対抗した。

問題発見→外国人集団を擁護する日本人集団と排斥する日本人集団の存在。

論証→X地区に所属することが差を作った。

結論→外国人の集団が日本人の集団に対して害を及ぼしたという可能性が外国人排斥デモに繋がった。

問題発見→排斥を止める存在があったのに、なぜヘイトスピーチ集団の活動は止まらなかったのか。

論証→違う部分があれば排斥は起こりうる。

結論→異質な存在の言葉には耳を傾けない。

結論の吟味→結論をまとめる。

■答案

要約
排外主義とは、自分が所属する集団の内的一体性を前提として、自分以外の集団や国家に対して排斥的な態度をとることである。排外主義の発生や活発に深く関わりがあるのが、エスノセントリズム(自集団中心主義)だ。我々は自らが所属してきた集団における伝統や文化を当たり前であると考える。その環境に身を置き続けると、自分の所属しない集団に対して異質さを感じる。一度、異質さを強調するような出来事や自集団に害をなすような出来事が起こると、エスノセントリズム故に排斥的な行動を起こしてしまう。

議論の整理→X地区において、外国にルーツを持つ人が凶悪犯罪の嫌疑により逮捕された。それを皮切りに外国人排斥デモが起きた。X地区の住民は、地域社会を守るために、排斥デモに対抗した。

X地区において、外国にルーツを持つ若者グループが凶悪犯罪の嫌疑により逮捕された。この事実は全国的に報道された。その報道を受けて、外国人のヘイトスピーチを行う集団はX地区で外国人排斥デモを始めた。その内容は、報道とは関係ない内容にまで及んだ。ヘイトスピーチ集団の度重なるデモに対して、X地区の住民は地域社会を守るため対抗した。その結果、X地区を対象としたヘイトデモは沈静化したが、未だに執拗な攻撃が続いている。

問題発見→外国人集団を擁護する日本人集団と排斥する日本人集団の存在。

このストーリーにおいて、3つの集団が登場する。X地区の外国人集団、X地区の日本人集団、X地区に対してヘイトスピーチをした日本人集団の3つである。X地区の日本人集団はX地区の外国人集団を擁護する動きをした。一方で、ヘイトスピーチ集団はX地区の外国人集団を排斥する動きをした。日本人という観点で見ると、X地区の日本人集団もヘイトスピーチ集団も変わりがない。つまり、同じ日本人集団である。それにも関わらず、一方の日本人集団は外国人を擁護し、一方の日本人集団は外国人を排斥するという不可解な状況が起こっている。

論証→X地区に所属することが差を作った。

そもそも人は一つのみの集団に所属するわけではない。例えば、一人の学生がいるとする。その学生は、学校という集団、学年という集団、クラスという集団、友達という集団など様々な集団に所属している。今回の事例に当てはめて考えると、X地区の日本人集団は、日本人という集団のみならず、X地区の住民という集団に所属していることになる。したがって、Z地区の外国人集団とZ地区の日本人集団はZ地区の住民という同じ集団に所属していることになる。一方で、Z地区の外国人集団とヘイトスピーチ集団は完全に別の集団である。

結論→外国人の集団が日本人の集団に対して害を及ぼしたという可能性が外国人排斥デモに繋がった。

上記の所属する集団の違いを考慮したとき、Z地区の日本人集団にとってZ地区の外国人集団は内なる集団であり排斥の対象にはならない。しかし、ヘイトスピーチ集団にとってはZ地区の外国人集団は外なる集団であり排斥の対象となりうる。このように、所属する集団の差が排斥主義に差を与えている。

問題発見→排斥を止める存在があったのに、なぜヘイトスピーチ集団の活動は止まらなかったのか。

ここで一つ疑問が生じる。ヘイトスピーチ集団には、排斥を止めるように働きかけたZ地区の日本人集団がいる。同じ日本人から排斥を止めるように働きかけられたにも関わらず、ヘイトスピーチ集団の排斥活動は続いた。

論証→違う部分があれば排斥は起こりうる。

確かにZ地区の日本人集団とヘイトスピーチ集団は、日本人という観点では同じ集団である。しかし、少しでも違う部分があるだけで、全く同じ集団とはなりえない。たとえば、学校のクラスの中で起きたいじめについて考える。クラスの全員は、学校という集団、学年という集団、クラスという集団を全て共にしている。しかし、いじめられる人は、他の人とのわずかな差によって異質の存在とみなされ、いじめというものは起こる。この場合、排斥を始めたいじめる側は、いじめられる側を見下し、意見など聞き入れる姿勢を持たない。今回の事例に当てはめると、ヘイトスピーチ集団にとって、Z地区の外国人集団は、犯罪を行った外国人という異質な存在である。また、Z地区の日本人集団も、外国人集団を擁護する異質な存在である。

結論→異質な存在の言葉には耳を傾けない。

エスノセントリズムに則って考えると、自分たちの考えが当たり前であり正しい。したがって、異質な存在である外集団の意見など聞き入れる必要性はない。このような考えに基づき、ヘイトスピーチ集団の排斥活動はとどまるところを知らなかった。

結論の吟味→結論をまとめる。

今回の事例分析の結論を述べる。3つの集団が存在し、Z地区の外国人集団、Z地区の日本人集団、ヘイトスピーチ集団にわけられる。Z地区の日本人集団とヘイトスピーチ集団の行動に差があった理由は、Z地区に所属しているか否かの違いがあったからだ。また、ヘイトスピーチ集団がZ地区の日本人集団の静止を受け入れなかった理由は、エスノセントリズム故に、異質な存在であるZ地区の日本人集団の意見を聞き入れる必要性がなかったからだ。

排外主義とは、自分が所属する集団の内的一体性を前提として、自分以外の集団や国家に対して排斥的な態度をとることである。排外主義の発生や活発に深く関わりがあるのが、エスノセントリズム(自集団中心主義)だ。我々は自らが所属してきた集団における伝統や文化を当たり前であると考える。その環境に身を置き続けると、自分の所属しない集団に対して異質さを感じる。一度、異質さを強調するような出来事や自集団に害をなすような出来事が起こると、エスノセントリズム故に排斥的な行動を起こしてしまう。
X地区において、外国にルーツを持つ若者グループが凶悪犯罪の嫌疑により逮捕された。この事実は全国的に報道された。その報道を受けて、外国人のヘイトスピーチを行う集団はX地区で外国人排斥デモを始めた。その内容は、報道とは関係ない内容にまで及んだ。ヘイトスピーチ集団の度重なるデモに対して、X地区の住民は地域社会を守るため対抗した。その結果、X地区を対象としたヘイトデモは沈静化したが、未だに執拗な攻撃が続いている。
このストーリーにおいて、3つの集団が登場する。X地区の外国人集団、X地区の日本人集団、X地区に対してヘイトスピーチをした日本人集団の3つである。X地区の日本人集団はX地区の外国人集団を擁護する動きをした。一方で、ヘイトスピーチ集団はX地区の外国人集団を排斥する動きをした。日本人という観点で見ると、X地区の日本人集団もヘイトスピーチ集団も変わりがない。つまり、同じ日本人集団である。それにも関わらず、一方の日本人集団は外国人を擁護し、一方の日本人集団は外国人を排斥するという不可解な状況が起こっている。
そもそも人は一つのみの集団に所属するわけではない。例えば、一人の学生がいるとする。その学生は、学校という集団、学年という集団、クラスという集団、友達という集団など様々な集団に所属している。今回の事例に当てはめて考えると、X地区の日本人集団は、日本人という集団のみならず、X地区の住民という集団に所属していることになる。したがって、Z地区の外国人集団とZ地区の日本人集団はZ地区の住民という同じ集団に所属していることになる。一方で、Z地区の外国人集団とヘイトスピーチ集団は完全に別の集団である。
上記の所属する集団の違いを考慮したとき、Z地区の日本人集団にとってZ地区の外国人集団は内なる集団であり排斥の対象にはならない。しかし、ヘイトスピーチ集団にとってはZ地区の外国人集団は外なる集団であり排斥の対象となりうる。このように、所属する集団の差が排斥主義に差を与えている。
ここで一つ疑問が生じる。ヘイトスピーチ集団には、排斥を止めるように働きかけたZ地区の日本人集団がいる。なぜ同じ日本人から排斥を止めるように働きかけられたにも関わらず、ヘイトスピーチ集団の排斥活動は続いたのだろうか。
確かにZ地区の日本人集団とヘイトスピーチ集団は、日本人という観点では同じ集団である。しかし、少しでも違う部分があるだけで、全く同じ集団とはなりえない。たとえば、学校のクラスの中で起きたいじめについて考える。クラスの全員は、学校という集団、学年という集団、クラスという集団を全て共にしている。しかし、いじめられる人は、他の人とのわずかな差によって異質の存在とみなされ、いじめというものは起こる。この場合、排斥を始めたいじめる側は、いじめられる側を見下し、意見など聞き入れる姿勢を持たない。今回の事例に当てはめると、ヘイトスピーチ集団にとって、Z地区の外国人集団は、犯罪を行った外国人という異質な存在である。また、Z地区の日本人集団も、外国人集団を擁護する異質な存在である。
エスノセントリズムに則って考えると、自分たちの考えが当たり前であり正しい。したがって、異質な存在である外集団の意見など聞き入れる必要性はない。今回の事例では、ヘイトスピーチ集団にとってZ地区の日本人集団もまた外集団となる。このような考えに基づき、ヘイトスピーチ集団の排斥活動はとどまるところを知らなかった。
今回の事例分析の結論を述べる。3つの集団が存在し、Z地区の外国人集団、Z地区の日本人集団、ヘイトスピーチ集団にわけられる。Z地区の日本人集団とヘイトスピーチ集団の行動に差があった理由は、Z地区に所属しているか否かの違いがあったからだ。Z地区に所属する日本人集団は外国人集団を擁護し、Z地区に所属しないヘイトスピーチ集団は外国人集団を排斥したのである。また、ヘイトスピーチ集団がZ地区の日本人集団の制止を受け入れなかった理由は、エスノセントリズム故に、異質な存在であるZ地区の日本人集団の意見を聞き入れる必要性がなかったからだ。(1933文字)

 

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