上智大学 文学部 ドイツ文学科 レポート等特定課題 2019年 小論文 解答例

■設問

ドイツ語圏の文学、芸術、思想、歴史において、あなたが興味をもっている事柄を挙げて論じなさい。

 

■ 答案構成

議論の整理→ドイツ芸術の歴史

問題発見→ドクメンタの存在意義は何か

論証→ドイツ現代芸術家ゲルハルト・リヒターの作風

解決策or結論→フォトペインティングが指し示す芸術自体の存在意義

解決策or結論の吟味→不要

 

■答案

議論の整理→ドイツ芸術の歴史

私は破壊と再生を歴史的に体現するドイツの芸術に迫っていきたいと考える。ドイツには1955年以降5年おきに開催される、ドクメンタと呼ばれる世界的な美術展がある。現代芸術界において世界的な影響力を持つドクメンタは、かつてナチス政権により退廃芸術として芸術から排除されてきたモダンアートの復権と回復を目指して始まったものであった。このナチス政権による文化的弾圧は現代のドイツ芸術を形成した起爆剤といっても過言ではない。ナチス政権時代ドイツの近代芸術は当時のドイツの理想とされる価値観から外れると、ことごとく弾圧の対象となっていった。それは今日におけるダダイズムやキュビズムを始めとした偉大なモダンアートの数々であったが、英雄としての軍人像や健康的で伝統的な写実主義などを理想とした当時においては退廃芸術という名のもとに非難を浴びるようになったのである。その動きは苛烈さを増し、1930年遂には絵画嵐と呼ばれる近代芸術の追放運動にまで発展する。ここで多くの才能ある芸術家は海外に身を隠し、多くの芸術作品が撤去されドイツ国内から海外へと流入してしまった。またナチスドイツはこの気運にのって禁止した芸術作品をあえて一つにまとめ上げ美術展として公開する退廃芸術展を開催する。これは世間を味方につけるための非常に優れた批判運動となった。作品群は劣悪な環境下で展示され、そばには当時の購入価格が時代背景を説明しないまま載せられたのである。ナチス政権による刺激的な煽りを受けた国民は全国各地から大挙として押し寄せ、ナチスドイツが示した通り近代芸術の無益さを批判するきっかけとなった。ドイツ国内の各紙でも取り上げられるなど退廃芸術展は大評判の内に幕を下ろした。それはつまり近代芸術の権威が完全に失墜したことを意味し、退廃芸術展の開催のために多くの作品が美術館から姿を消していった。

問題発見→ドクメンタの存在意義は何か

私はこうして中世から近代にかけての芸術を消し去ったドイツが新たに再生しようと奮起する現代芸術に着目したい。なぜならば芸術はしばしば破壊と再生を繰り返すものとして語られるが、ドイツほどこの過程を歴史的に歩んだ国家は他にないであろうためだ。ドイツの現代芸術はまさにその破壊と再生に根差した特異な文化であるといえる。そして、そこでその再生の一歩として始まったのが冒頭でも触れたドクメンタである。ドクメンタはこのように芸術の破壊を行った過去を改めドイツ芸術の復興を目的とした美術展であり、その様相はしばしば政治的なメッセージを擁している。芸術の可能性を追求するドクメンタの矛先はあくまで外にある。決して個人の内向的な感情ではなく、芸術を通して自分以外に向けられるメッセージを探っているのだ。それはおそらく芸術を通して国民と国そのものを狂わせてきたナチスドイツの過去がなし得る強靭な姿勢であろう。芸術はしばしば何の意味を持つのか議論されることがあるが、私は芸術の意味を問われたなら迷わず芸術を通して投げかけられるメッセージ性だと答えたい。ナチス政権ではなぜダダイズムやキュビズムなどの芸術が悪だとされたのか。ここには芸術に向けられた本質的な課題が隠れていると思われる。つまり受け手が作品をどのように受け取るべきか提示されていない抽象的な芸術は、受け手の姿勢によっては悪にも善にも変容できてしまうというものだ。ゆえにナチス政権下において退廃芸術とされたものは印象操作が容易く国民の感情を操作する絶好の餌食となったのであろう。では現代のドイツ芸術家はどのような作風を有しているのだろうか。

論証→ドイツ現代芸術家ゲルハルト・リヒターの作風

ドイツの現代芸術家で最も名高い一人にゲルハルト・リヒターがいる。彼はフォトペインティングという写真の上から油彩で書き足した写真とも絵画ともつかない新しい表現方法を開拓しており、抽象表現主義などが盛んであった当時の芸術界に一石を投じた人物である。他にも色彩豊かな抽象画に整然としたカラーチャート、ガラスを使った作品なども着手しており一つの表現方法に頼らない多様なスタイルを有することが特徴の一つだ。

解決策or結論→フォトペインティングが指し示す芸術自体の存在意義

フォトペインティングの中でデジタルとしての写真とアナログである絵画の融合はどのような意義を果たしているのだろうか。それは意義の喪失だと私は考える。風景そのままを切り取れる写真の意義を油彩が上書きし、新しく創造していく絵画の意義を写真が奪っているのだ。これは非常に神秘的なことである。ではそこから出来上がったフォトペインティングの作品は何に分類されるのかという問題が浮上する。そこで芸術は何かに分類されるべきものなのかという疑念が再び浮かび上がる。これは前述したナチス政権と同様の思考であるともいえる。芸術は何かに分類した時必ず優劣や分別が生まれる。ドイツ芸術はその課題を一度通過して、芸術を区別する愚かさを学んだ。今、その上で新たに芽吹くドイツ芸術の在り方はこの課題への答えを模索していけるのではないかと私は考える。

 

 

(計2016字)

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