上智大学 外国語学部 ドイツ語学科 レポート等特定課題 2019年 小論文 解答例

■設問

ドイツの政治、経済、文化、言語、文学、思想等の分野から自分の関心のあるテーマを選び、そのテーマについての様々な意見を比較した上で、自分なりの考えを述べなさい。

 

■答案構成

議論の整理→ドイツ思想史の系譜

問題発見→ドイツ現代思想はどのように発展しているか

論証→新実存論における意見の比較検討

解決策or結論→新実存論の発生意義

解決策or結論の吟味→不要

 

■答案

議論の整理→ドイツ思想史の系譜

『純粋理性批判』のイマヌエル・カントに『精神現象学』のゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル、『ツァラトゥストラはかく語りき』のフリードリヒ・ニーチェや『形而上学』のマルティン・ハイデッガーなど、ドイツでは古くから受難の多い歴史を背景に多様な概念や思想が語られてきた。それゆえドイツ哲学は今日における世界的な哲学者を数多く輩出している。その系譜のもと紡がれるドイツ現代思想では、依然として18世紀から19世紀にかけて現出したドイツ観念論とその源流とされるカント哲学をもって議論が為されている。ドイツ観念論学の祖といわれるカントは人間の認識を対象があって成り立つものではなく人間間に存在する共通性を持った認識装置によって対象が成り立つと考えた。更にその認識構造を批判的見地から分析し真理となる形而上学の確立を目指したのがカント哲学である。一方ドイツ観念論はそのカント哲学を前提として、世界や精神といった形而上的存在を外的世界と自我として区分した。そして外的世界を自我の有する理性のもと弁証法的展開の過程に存在し得るものとして、意識こそが絶対的な現実であり理念こそが万物の創造主であるとしたものがヘーゲルの完成させた今日におけるドイツ観念論への解釈である。本論では古来より現在に至るまで世界的な影響を持ち続けるドイツの思想に迫っていきたい。

問題発見→ドイツ現代思想はどのように発展しているか

では現在のドイツ思想はどのような発展をなしているのだろうか。近年注目されているドイツ現代哲学者の一人にマルクス・ガブリエルがいる。2013年に彼が発表した『なぜ世界は存在しないのか』は欧米でベストセラーを記録し、日本においても邦訳が出された2018年には哲学書でありながら異例のヒットとなった。彼は脈々と継承されてきたドイツ思想史の多様な観念論と実存主義の実態を包括的に捉え、「世界は存在しない」と結論付ける新しい実存論を展開させた。そもそもここで説かれる世界の本質的な意味は何であろうか。しばしば哲学や思想の世界で不足して語られがちな「世界」の認識をガブリエルは「存在」の観点の整理から論理的に検証している。世界は認識において切り開かれるが、その認識は個々人の中に独立して存在している。その矛盾を共通の認識装置で補ったのがヘーゲルの観念学であったが、彼はその矛盾を矛盾ではないものとして立証する試みを進めた。すなわち個々人に存在する認識をすべて自明の理としてそれぞれにとって同様に実存的であるあるために、その主観は結果として意味をなさないと説明を加えたのである。そして更に世界というものが実存するすべてのものを内包するとした。これは認識のもとに存在し得る実存性を考えれば、あらゆる矛盾を発生させる定義であるといえる。なぜなら認識と実存が直結する世界において実存性とは「物」ではなく「事」をも指示しているのであるが、その場合「事」とは無限に存在する概念や定義なども含まれてしまうためだ。それらすべてを包括する世界など存在し得るはずがないというのがガブリエルの説く新実存主義である。

論証→新実存論における意見の比較検討

かつての実存主義を前提から覆す彼の説は世界の思想史に大きな衝撃を与えた。しかしこの大胆な持論は当然のことながら様々な批判や異論を巻き起こすこととなる。一つ彼の唱える論に対して極論的だとする考え方がある。たしかに認識と実存の直結から世界の実存の否定に至るまでの論拠はやや突飛であるかもしれない。相対主義では、ある一点から見た実存ともう一点から見た実存はそれぞれにとっての主観性を用いた実存であり、そこにある実在そのものを論じることは不可能であるとされてきた。彼の説はその主観性自体をやや排除している節があり、相対主義の否定とも取られかねない。すると相対主義の否定は、実存を支える構成要素が多角的に感知されることがないものとされ複数にわたり存在する対象への視点が無意味なものへと成り下がる。そこから認識のみを頼りに実存と世界を紐づけるのはたしかに何とも心細い。また彼の説に登場する「意味の場」に関連付けて疑問視する声もある。彼は認識の先にある実存が形成する過程の全てを「意味の場」として紹介している。すなわちある観点がある実存を認める際に、その工程に「意味の場」が存在するのであり認識が介在しない限り「意味の場」は形成しえない。しかしこの定義を前提とすると結果的に世界の実存も一種の「意味の場」であることが可能になってくる。「意味の場」の提唱がかえってアンチテーゼと成りうる事態を引き起こしているのだ。けれどもこれらの異論に対して、そもそも彼の新実存論が元来の相対主義と本質主義の対立に第三の回答を出した全く新しい理論だとする声も上がっている。実存と認識と世界の意義のすべてを彼は最初から構築し直しているのであり、比較すること自体が間違っているとする論だ。たしかに彼はドイツ観念論やカント哲学を踏襲してはいるものの、全く新しい見地から実存の本質を見極めているようにも受け取れる。前述した異論の中に含まれる「意味の場」の検討などはその新しい見地を裏付けるための理論の一つでもあるかもしれない。

解決策or結論→新実存論の発生意義

しかしながらやはり世界的な規模で賛否両論を巻き起こした彼の説は、現代思想において全く新しい形での人間哲学を生み出したと私は考える。なぜなら彼の唱える説を構成する概念の一つ一つには今日までの思想史を下地にした新たな定義づけが行われており、それはつまるところ否定も肯定も介入しない素材としての歴史の使用であり、その中で導かれた説は思想史の辿ってきた系譜の延長線上となる。これは新しい思想の誕生に他ならず、加えて将来的に誕生し得る思想の下敷きに他ならない。このようにドイツで長期にわたり重ねられてきた実存への探求は、結局のところ人間原理の可能性への思索とも言い換えられる。認識自体は人間が存在するという前提のもとではかられるものであり、その認識の先にある実存への探求は人間原理の働く範囲の模索とも考えられるためだ。ゆえに新実存論とされる彼の説はその構成要素も含め今後も思想史の系譜の中に組み込まれていくべきであろう。

 

(計2503字)

 

《参考文献》

マルクス・ガブリエル(2018)『なぜ世界は存在しないのか』(清水一浩訳)講談社.

ハンス・ゲオルク・ガダマーほか(1984)『哲学の変貌ー現代ドイツ哲学』竹市明弘編,岩波書店.

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