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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 文学部 小論文 2011年 解説

・ 問題文

設問1

 著者が述べる「日本的感性に固有の空間性」とは何か、一八○字以上二○○字以内で説明したさい。

設問2 

 著者の論じているような日本的感性(感じ方の日本的な個性)について、

①感性は普遍的なものであって、日本的感性などは存在しない。

②昔の日本には個性的な感性があったが、現代社会になって失われてしまった。

③日本的な感性は、時代を超えて現代にも存在している。のいずれの立場をとるかを明確にした上で、なぜそう考えるのか、本文以外の例を挙げて、四○○字以上五○○字以内で論じなさい。

□ 問題の読み方
・ 設問I
「日本的感性」「空間性」ということばになじみがないので、これらの言葉をしっかり説明できるようにする。
基本的に、これは言葉の言い換えについての問題だが、言葉の言い換えには二つの種類がある。
1. 抽象論として分かりやすく書く
2. 具体例を用いて分かりやすく書く
こうした言い換えにフォーカスした問題の場合には、まず
1. 結論=抽象論として「日本的感性に固有の空間性」を説明する
2. 根拠=抽象論として分かりやすく書く
3. 具体例=具体例を用いて分かりやすく書く
の順に文章を構成することが大切である。
また、文字数はさほどでもないので、考慮する必要さえないかもしれないが、基本的に文字数が少ないときは具体例を増やしたり、具体例を詳細に説明することで文字数を稼ぐ感覚が大切である。一般には、小論文の場合、解決案の吟味以外の項目では、あまり多項目にわたる記述はしないほうが採点者にとって読みやすく、得策である。

・ 設問II
そもそもの問題文の文意が難しい。
まず、著者が感じているような日本的感性(感じ方の日本的な特性)とはなんなのかについて、はっきりと理解しなければならない。こういう問題の場合は、設問Iの1.であるように、抽象論としてこれを分かりやすく述べられるようにしなければならない。
その上で、いずれかを選ばなければならない案のそれぞれも理解に苦しむ。
1. 感性は普遍的なものであって、日本的感性など存在しない。
2. 昔の日本には個性的な感性があったが、現代社会になって失われてしまった。
3. 日本的感性は、時代を超えて現在にも存在している。
こうした3つの意見があるとき、まず考えなければならないのは、筆者の主張がどこにあるのかである。その上で、それぞれの意見がどこに位置しているかである。
1.は日本的感性など存在しないという主張だが、あまりに極端により過ぎている。このような立論は成立しないことが多い。「~は存在しない」というのは一種の悪魔の証明で、一つでもそれがあることを証明できれば議論として成り立たなくなる。
2.は最も立論しやすいだろう。バランス感覚がある議論だからだ。ただ一方でこうした懐古的な主張をする場合には、数値的なエビデンスがないとあまり意味を為さないことがある。
3.については、なにかひとつでもそうした感性が存在していることを書けばいいので、立論としては楽である。
ここで、2.3.どちらの主張に応じて解答を書くべきか。それを選択するために大事なのは、作者が2.3.のどちらの立場で論じているかである。作者の立場から遠い立場から主張しないと、自らの論の独自性が主張できない。そればかりでなく、作者の論というのは、だいたい完成されたものであるが故に、作者の論に自分の論が似すぎてしまい、結果として自らの論理的思考を披瀝する場を失ってしまう。
自分の立場というのは、あくまでも他の異なる立場と相対化して主張しなければならないものなので、まず、極端すぎない意見で作者の意見から遠いものを自らの立場としよう。

□ 課題文の読み方
・ 日本的な感性を考えるということは、感じ方に個性があるということである。個性の根はどこにどのような形で存在するのか?
・ 各文化・各個人によって、鋭い感性を見せるところと鈍いところがあり、その鋭さ鈍さの相対的な分布が個性である。
・ その構造は、多くは文化的環境の中で育まれたものである。
・ 我々の課題は、顕著な反共を響かせている和歌を探し、分析し、その分布の日本的構造を分析すること。
=
・ 広い空間を見る時、我々は目立つ物に注目し、それと「われ」を結びつけることによって安心感を覚える。
・ ここで考える目立つ物とは、ランドマークではなく無記的で幾何学的なものである。
・ 遠景と近景の組み合わせで、中景がないうた
・ 遠景と近景の組み合わせで、近景に視覚的イメージではなく、聴覚的近くをおいているうた
・ 中景を欠く空間構成は、なつかしい絵画的表現の典型的な情景
・ 西洋のルネサンス期に確率した透視画法が、近景と遠景を連続的に繋げる中景に関わる遠近法であるのに対して、この日本的遠近法が中景を省略することによる効果を利用していることは、大いに注目すべきところである。
・ 「渡す」「渡る」という形で表現するのは、日本独特である。中国的文化では対比を用いる。
・ 西洋の透視図法的遠近法に話を戻すと、中景がしっかり書かれている事で絵画を科学まで昇華させた。
・ これは生きて生活している人間の空間とは異なる。同一の家並みを、旅人と十人は異なったように見る。それぞれが相違なる感心をもっており、その関心の差異に応じて、注目する対象・視点は異なる。
・ 日本のうたが表しているのは、空間の側に属する客観的論理ではなく、世界の中に立つ人に属する、個々の経験に先立つ構造であり、しかも認知されるより感じられる物である。
・ 遠景を支えるのが、身体的近景であるのは、日本的感性にとっては語句自然なことと思われる。これまで見てきたように感覚的な接触を基調とするものだからである。

□ 解答の指針
・ 設問I
こうした言い換えにフォーカスした問題の場合には、まず
1. 結論=抽象論として「日本的感性に固有の空間性」を説明する
→ 日本的感性に固有の空間性とは、中景を描かず、遠景と近景のみによって空間を把握しようとする感性のことである。
(これだけでは、まだまだ分かりにくいので、ここで一旦西洋や中国の事例などを紹介しながら、日本的感性の特性について述べる。以後、具体例の部分で、西洋の事例や中国の事例を紹介しながら、絶対的に紹介された日本的感性に固有の空間性を相対化していくことで、その立ち位置を明確にしていく。今回の解答では、それを示すために、2.3.の順序が逆になる。)
3. 具体例=具体例を用いて分かりやすく書く
西洋では、遠景・中景・近景を同じ縮尺で描くことにより、感性ではなく科学によって空間を把握しようとした。また、中国では、対比を使いながら、空間を把握することに努めた。
2. 根拠=抽象論として分かりやすく書く
一方、日本では、空間の側に属する客観的論理ではなく、世界の中に立つ人に属する個々の経験に先立つ感性により、空間を把握しようとした。これが日本的感性に固有の空間性である。

・ 設問II
まず、課題文を一通り読んで分かった事ではあるが、課題文中には、過去から現代を貫く「時間の軸」についての記述はほとんどない。
悪魔の証明を求める1.は論外としても、2.3.に関しては、どちらの立場を取るかは自由といえよう。
大切なことは、2.3.のいずれの立場を採用するにせよ、たとえば2.の立場を採用したら3.の立場を否定しなければならないし、3.の立場を採用したら、2.の立場を否定しなければならないということである。
ここで、2.3.のどちらの立場を採用すれば、もっとも効率良く立論できるかを考えよう。
まず、2.が述べていることは、日本人の感性はもはや失われ、西洋人が空間を把握する方法と日本人が空間を把握する方法はほぼ変わらないということだ。これではもはや書くべき事がないだろう。
一方3.が述べていることは、日本人の感性はいまだにあり、西洋人の空間把握方法とは違うというものである。これだと立場を相対化できるので、書きやすい。よって、3.の立論でいこう。
立論する上で必要となる要素は
「昔の日本には個性的な感性があったが、現代社会になって失われてしまった。」という意見への反論であることを念頭においた上での「なぜ3.の立場をとるのか?」という問題への回答としての5要素である。
1. 前提条件
課題文が取り上げた文学作品の時代と、現在では多くの点において状況が異なる。
2. 問題の提起
だが、その一方で、日本社会にはまだまだ変わらない要素がたくさんある。たとえば、日本社会では今日においても仕事過程の効率化・整理を重要視しない文化がある。仕事過程を見える化し、効率的にしようとする西洋の方法に対し、日本ではいまだに結果だけを見据えてがむしゃらに頑張ることが推奨される傾向がある。
3. 原因分析
これはまさしく、近景と遠景だけを捉える日本的感性に由来するものだ。科学的であることを重んじず、客観的であることを重んじずに、個々の経験に先立つ感性を最重要視する文化は未だに健在だ。
4. 解決策
こうした思考法は古くからの空間把握法に由来するものだといえる。日本的感性は、時代を超えて現代にも存在しているのである。
5. 解決策の吟味
もっとも、日本社会はこうした方法論でそれなりにうまく社会を運営してきた。その成功経験があるかぎり、こうした日本的感性はこれからも残り続けるだろう。
である。

□ 模範解答
・ 設問I
日本的感性に固有の空間性とは、中景を描かず、遠景と近景のみによって空間を把握しようとする感性のことである。
西洋では、遠景・中景・近景を同じ縮尺で描くことにより、感性ではなく科学によって空間を把握しようとした。
一方、日本では、空間の側に属する客観的論理ではなく、世界の中に立つ人に属する個々の経験に先立つ感性により、空間を把握しようとした。これが日本的感性に固有の空間性である。(188文字)
・ 設問II
課題文が取り上げた文学作品の時代と、現在では多くの点において状況が異なる。
だが、その一方で、日本社会にはまだまだ変わらない要素がたくさんある。たとえば、日本社会では今日においても仕事過程の効率化・整理を重要視しない文化がある。仕事過程を見える化し、効率的にしようとする西洋の方法に対し、日本ではいまだに結果だけを見据えてがむしゃらに頑張ることが推奨される傾向がある。
これはまさしく、近景と遠景だけを捉える日本的感性に由来するものだ。科学的であることを重んじず、客観的であることを重んじずに、個々の経験に先立つ感性を最重要視する文化は未だに健在だ。(410字)

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