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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 文学部 小論文 2010年 解説

・ 問題文
□ 問題文の読み方

設問I
「普遍語」「国語」「現地語」の意味をそれぞれ明確化した上で、ただそれらの意味を並べるのではなく、それぞれの言葉にどういう因果関係があるのかをまとめる。
違いが分かるようにというのは、つまり相対化するということ。それぞれの意味をただ並べるだけなら絶対化して書いているだけに過ぎないので、ちゃんとそれぞれの関係についてまとめること。相対化するというのは、それぞれの立ち位置を、それぞれとの距離によって把握することであるから、そういう書き方をすること。

設問II
水上氏の現状認識をふまえた上で、とあるが、こうした問題のときに必ず書く必要があるのは
・ 水上氏の現状分析と自らの現状分析の共通点
・ 水上氏の現状分析と自らの現状分析の相違点
である。
相違点のみを書くと、そもそも水上氏の現状分析は無意味になってしまう。共通点と相違点を書く事によって、ある程度議論を整理しやすくし、かつ分かりやすく読みやすくする働きがある。
その上で、「英語を日本の公用語とする」という意見について、述べるのだが、こうした自説を展開する際に重要なのは
1. 前提条件の確認
2. 問題の発見
3. 原因の分析
4. 解決策の提案
5. 解決策の吟味
の5つの流れにしたがって文章を書く事、「英語を日本の公用語にすべきか否か?」という論題からそれずに議論を進めていくことが大切である。

□ 課題文の読み方(できるだけ一段落一行要約)
・ インターネットの出現により、英語が世界の共通語「普遍語」として、史上例をみないほどの力をもってきた。そしてこのことによって「国語」としての日本語は危機にさらされている。
・ 日本語という非西洋言語圏の言葉が、かくもそうそうと「国語」になることができたのは、実は奇跡のようなこと
・ 「国語」とは国民国家の成立時に翻訳という行為を通じて生まれたもの
・ 日常生活で使う「現地語」が、「普遍語」からの翻訳を通じて磨かれてゆき、やがて普遍後と同じように、人類の英知を刻む機能を負うようになる。それが「国語」
・ ところが人は一旦国語が成立すると、その起源を忘れる。
・ 世界中を見渡すと、非西洋語圏では、機能する「国語」が存在するほうが珍しい。
・ 学校教育で近代文学を読ませるのに反対する議論があるが、それ自体が贅沢な反論。
・ 日本語のように幸せな運命をたどった非西洋語はとても少ない。
・ 日本語が滅びる、というのは比喩的な表現
・ 話し言葉としての日本語、書き言葉としての日本語は残る。
・ 「現地語としての日本語」は日本がある限り消えない。
・ 人がその言葉を真剣に読もうという「国語」としての日本語が生き残れるかどうか。
・ 日本語が娯楽以上のもの、<<ありがたいもの>>として流通するかどうか?
・ 「蔵書」というのは、手放したくない本のこと
・ 最近書かれた文章を評価していないわけではない
・ 英語が「普遍語」として流通すればするほど、必然的に「国語」は危うくなる
・ 英語以外のどの「国語」も分岐点に立たされている。
・ 非西洋語圏の「国語」がより危ない
・ 日本語が真の「国語」として存在し続けるためには、近代文学の古典ぐらいは読めるようにすべき
・ 「良質な本が書かれるか」よりも前に「良質な本が読み継がれるか」
・ 良質な本が読み継がれることは文化の継承を意味する
・ その継承が無いということは、文化自体が存在していないということ
・ 日本が「国語」を成立させた歴史的条件は三つある。
・ 漢語からの翻訳を通じ、近代以前の日本語が「書き言葉」としてかなり成熟していたこと
・ 江戸時代にすでに「印刷資本主義」を持っていたこと
・ 西洋列強の植民地にならなかったこと
・ 明治時代の日本人は、非西洋圏に生きていることを意識せざるを得なかった。
・ 現代の日本人は、ふたたび英語とぶつかっている。今こそ、日本語で読み書きするとはどういうことか、考えるべきだ。
・ 明治以降の「翻訳」はすばらしかった。
・ 日本人ほど翻訳を通じて世界の書物を読みあさった民族はいない。
・ 日本語は守らなければならないが、人類の文明を進めるにあたり、「普遍語」の利用が効率的なのはまちがいない。
・ 英語公用語化も慎重に検討。
・ 短期的な国益を考えたら、日本語など捨ててしまった方が良い。
・ 日本語を守るのは、フランス語を守る以上に意味がある。
・ 英語の世紀に入ったとは、これから世界中の読書人が英語という「書き言葉」を介して世界を理解していくということ。
・ 英語以外の「書き言葉」を守る事に意味がある。
・ フランス語は英語と地続き
・ 日本語は全く違う
・ 「美しい日本語」を提唱する保守主義者とは違う
・ 世界中の「国語」が危ないと言っている
・ 文学者は、いわゆる保守主義者とは違う意味で保守的
・ 文学を書くというのはこれまで文学を読んできたからこそ書いており、さらにはこれまで文学を読んできた人に書いている
・ 言語はどんどん変化していくものだ、という言語学の立場とは文学は対立せざるを得ない。
・ 文学の定義は二つある。
・ 一つは小説や劇や詩、もう一つは優れた書物
・ 優れた書物が日本語でかかれるかどうかということ
・ 優れた文学が試聴に流通するのはとても難しい事
・ 英語が支配的な言語になったことと、日本で流通している日本語が貧しくなった事は関係ない
・ 日本語は勝手に貧しくなっていった
・ 戦後教育において文章に対する認識が失われてしまった。
・ 文章は良くベキものであり、自己表現のための道具ではないという認識
・ 密度の高い文章を読ませなくなってしまった
・ 私が学校で「近代文学」を読むのを薦めている。
・ 理由の一つは、古典は徳の流れに堪えてきたから
・ もう一つの理由は読む能力には不可逆性があるから

□ 解答の指針
設問I
こうした問題を分かりやすく書く場合には、それぞれの用語を自分が先生だったらどう説明するか、どう板書するかを考えればいい。その板書を言語化したらそのまま分かりやすい説明になる。
たとえば、この場合「現地語」が「国語」になる過程で、「普遍語」によって磨き上げられているのだから、板書をするとしたら、「現地語」が左にあり、右矢印を経て、「国語」が左にあり、その矢印の過程に「普遍語」によって磨き上げられるというプロセスがある、というふうな形で説明するだろう。それをそのまま言語化すればいいだけの問題だ。
設問は「違いがわかるように……」と書いているので、「普遍語」「国語」「現地語」のそれぞれについてそれぞれの違いが分かるような修飾語句を入れるといいだろう。あまり修飾語句を長くしすぎないのが小論文の鉄則だが、この問題の場合例外的に扱っても良い。

設問II
水上氏の現状認識は大きく要約すると、以下のようなものになる。
・ 日本語は守らなければならないが、人類の文明を進めるにあたり、「普遍語」の利用が効率的なのはまちがいない。
・ 英語公用語化も慎重に検討。
・ 短期的な国益を考えたら、日本語など捨ててしまった方が良い。
・ しかし、「日本語」を守るのは、フランス語を守る以上に意味がある。
(※ この場合の「日本語」とは「現地語としての日本語」ではなく、「国語としての日本語」であることには注意を払う必要性がある。)
この現状認識をふまえたうえで、まずは
1. 自らが賛同できる水上氏の現状認識
2. 自らが賛同できない水上氏の現状認識
についてそれぞれ考えよう。
まず、賛同できる現じよう認識についてだが、
・ 日本語は守らなければならないが、人類の文明を進めるにあたり、「普遍語」の利用が効率的なのはまちがいない。
・ 英語公用語化も慎重に検討。
というこのあたりの現状認識には賛同できる。
しかし、
・ 短期的な国益を考えたら、日本語など捨ててしまった方が良い。
といったような極端な意見や、
・ しかし、「日本語」を守るのは、フランス語を守る以上に意味がある。
といったような情緒的な意見には賛同しがたい。
であるからにして、まず水村氏と共有しうる現状認識についてのべ、ついで共有しえない現状認識についてのべる。これを、1. 前提条件の確認とする。
ついで、
2. 問題の発見
……英語を日本の公用語とすべきかどうか?
3. 原因の分析
……どうして、英語公用語化に抵抗があるのか?
→「国語」としての日本語が失われるから
……どうして、「国語」としての日本語が失われるのか?
→「現地語」から「国語」へと磨き上げられていく過程で「普遍語」からの「翻訳」が必要だから
……どうして、「国語」としての日本語を守る必要があるのか?
→非西洋圏の「現地語」が「普遍語」からの翻訳を通じて「国語」となった希有な例だから
……本当に意味あるの?(日本語が勝手に貧しくなる中で……)
→ない
4. 解決策の提案
……英語の公用語化と、現地語としての日本語を残す
5. 解決策の吟味
……日本語のみしか使えない人は、自然と亡くなっていく。世界各国との交易を考えても、内部環境を考えても、英語公用語化は必須。

□ 模範解答
設問I
「普遍語」とは広く使われている支配的な言語のことで、古くはラテン語に始まり、現在では主に英語のことである。「現地語」とは、もともと各地域で話し言葉・書き言葉として使われていた言葉である。「国語」とは、「普遍語」からの翻訳の中で、知的財産を蓄積する機能を持つようになった現地語のことである。
「現地語」が「国語」になるためには、「普遍語」で蓄積されてきた知的財産が翻訳を通じ「現地語」へと変換され、言語自体が洗練される必要がある。知的財産を蓄積するようになった「現地語」のことを「国語」という。(245文字)
設問II
氏の現状認識のうちで、同意できるものとしては、人類の文明を進めるにあたり、「普遍語」の利用が効率的であるという考え方である。一方、同意できないものとしては「国語としての日本語」を守るべきという考え方がある。
英語公用語化に抵抗する主な理由として、氏は「国語」としての日本語が失われるからだと述べている。「現地語」から「国語」へと磨き上げられて行く過程で、「普遍語」からの概念の翻訳が必要だという考え方に基づけば、英語公用語化によって「国語としての日本語」が消える事は避けられない。
「国語としての日本語」を守らねばならない理由として、氏は非西洋圏の「現地語」が「普遍語」からの翻訳を通じて「国語」となった希有な例だからだとしている。しかし、すでに「国語」が衰弱しつつある現代の日本においてそのことがどれほどの意味を持つのかは不透明だ。そもそも、現地語としての日本語しか残っていない現状において、英語の公用語化と現地語としての日本語のみを残すことは不可避の選択だろう。(431文字)

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