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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学SFC 総合政策学部 小論文 2013年 過去問

2013年 慶應義塾大学 総合政策学部 小論文 課題文

問題

SFCでは、毎年11月にオープンリサーチフォーラム(ORF)という研究発表大会を開催し、研究成果の発表やパネル展示、シンポジウムなどを行います。今年は特別プログラムの一つとしてある政党の次期党首候補者の弁論大会を開催します。テーマは「これからの日本の針路」で国家観を問う企画です。学生も審査に参加できることになり、大学との共同開催が実現しました。

 今日はその当日です。登壇者はAからDの4組で党首と副党首の候補者がペアになっています。午前は各組が自説を述べました。午後は他組を批判しながら自組を補強します。午前はA、B、C、Dの順でした。午後はDが最初でC、B、Aの順に話します。最後には聴衆が採点をします。聴衆は党員と学生がほぼ同数で採点では「論旨の明確性」と「説得力」を重視します。

 さて、今は昼休みです。あなたはD組のスピーチライターです。資料○をもとに午前の他組のスピーチを分析し、午後のスピーチ原稿を書いて下さい。その際には必要に応じて資料@を活用してください。第1問と第2問は準備問題です。これを解いたうえで第3問に進み、ガイドラインに沿ってスピーチ原稿を書いて下さい。

(第1問)

 各組の主張を解答用紙の3つの観点から解答欄の4つのいずれかに位置づけ、該当する欄にAからDの組名を記入して下さい。なお、明確に解答できないと思う場合でも、一番近いと思う組名をーつだけ記入してください。

(第2問)

 D組は午前に「脱日本」「都市」「ネットワーク」というキーワードを示しました。午後は他組もキーワードを出すでしょう。A~Cの各組の主張を象徴するキーワードを予想して3つずつ解答欄に書いて下さい。なおキーワードは資料①の中のことばでも自分で考えたことばでも結構です。また各キーワードの文字数は8文字以内とします。

(注)第1問と第2問はあくまで準備問題です。無回答(空欄のまま)は減点となりますが、解答内容による点差は僅かです。準備問題は早めに切り上げて第3問に集中してください。

(第3問)午後のD組のスピーチ原稿を以下のガイドラインに沿って、横書き1500字以内で解答用紙に書いてください

ガイドライン

(1)資料○を読むと「日本の針路」を考え、また各組の違いを比較する上で重要な論点がいくつもあることに気づきます(第1問の「観点」も論点の例です)。特に重要と思われる論点について各組の違いを分析しましょう。そのうえでD組の主張を補強しながら他組を批判してください。なお資料○からの引用や要約は必要かつ最小限にとどめてください。

(2)他組を批判する際には、資料○なども活用して論理の矛盾やデータの裏付けの弱さを指摘してください。新たな事例を紹介してもいいです。なるべく実証的な議論を展開してください。

資料①午前の各組のスピーチ(要旨)

●A組

 多くの日本人は、わが国はアジアの小さな島国だと思っている。確かに米国、中国、ロシアに比べると小さい。だが、ドイツ、英国、イタリアなどの欧州諸国よりは広い。しかも国土は、南北に細長く、気候風土は多様で人口も1億2千万人強と多い。

 日本は、欧米から隔絶した場所にあるうえ、鎖国政策をとってきたため約150年前に遅れて開国した。だが明治政府は、強力な中央集権のもと全国をすみずみまで掌握し、同一言語、同ー文化を共有する一体感の強い国民を創った。明治の日本は急速に近代化し、やがて中国、ロシア、そして英国、米国、フランスと戦った。戦争は、極力回避すべきもので特に他国への侵略は正当化できない。しかし当時の新興国の日本が世界の5大大国の全てと戦ったという事実は、日本の勢いを象徴する。

 日本は第2次世界大戦後、急速に復興し、経済大国となった。科学技術にも秀でており日本の技術貿易収支倍率(技術輸出額を技術輸入額で割った数値)は、主要先進国中で最も高い。日本人の多くは、外国語はできないが海外との交流に熱心だ。

 日本人は、自分たちが辺境に位置するという意識があり、常に世界先端の文化や技術を探っている。また世界中の主要な書籍は、ほとんどが日本語訳で手に入る。人口が大きいので特殊分野の書籍でも一定数が売れ、翻訳出版業が成り立つ。かくして日本人は、日本語しかできなくても世界の先端についていけるのである。

 日本の家電産業や自動車産業が強い理由も国内市場の大きさで説明できる。国内市場が大きいため競合関係にある大企業が何社も成り立つ。そして国内の燃識烈な競争で磨きぬかれた商品が輸出されて世界市場を席巻する。

 日本経済の停滞が喧伝されるが新興国と比べるのは不当だ。わが国の一人当たりGDPは他の先進国に引けを取らないレベルで成長し続けているし、失業率も低い。また日本型経営は目先の利益を追わず、現場の創意工夫を引き出す点で先進的だ。さらに日本では政府と企業が連携して経済を引っ張ってきた。最近、韓国、台湾、シンガポールや中国の成長が著しいがいずれもこうした日本型の経済成長のモデルを踏襲して成功した。

 日本経済は、90年代前半のいわゆるバブル経済の崩壊以後、停滞気味だ。貯蓄率が下がり、生活保護を受ける人が増えた。財政も危機的でGDP比の公的債務の大きさは他国を凌駕する。しかし、日本では民主主義が機能している。長年、自民党の政権が続いたが最近、ついに政権交代も経験した。行政の非効率や官僚の天下りが時折、批判されるが賄賠や汚職が横行する新興国とは問題の質が違う。治安は保たれ、細かな不満はあるものの、暮らしやすい。

 日本が直面する最大の課題は、実は日本人としての自信の回復ではないか。日本人は有史以来、ずっと外国コンプレックスに悩まされてきた。古来は、隣の中国を観察、模倣してきた。漢字のみならず日本文化の多くは中国に由来する。明治以降は、一転して欧米へのキャッチアップが目標となった。戦後は経済大国になったがそれもつかの間で、最近、中国にGDP世界第2位の座を奪われた。またぞろ日本人の外国コンプレックスが復活する気配だ。

 この20年間、「日本問題」「ジャパンリスク」が指摘されてきたがこの数年で先進国はどこも似たり寄ったりになった。米国は2008年秋にサブプライム問題とリーマンショックを経験し、欧州もユーロ危機に陥った。中国の高度成長も限界に達し、早くも少子高齢化問題が喧伝されている。日本だけが失敗したわけではない。地球上の環境と資源の制約の中で資本主義そのものが限界にさしかかっている。また少子高齢化は近代化につきものだ。新興国もあっという間に低成長・成熟社会に移行するだろう。

 日本は1980年代半ばに世界で最高レベルの豊かで平等な社会を実現した。その後はデフレと少子化と高齢化、そして昨年以降は原発事故を契機とするエネルギー問題に直面している。だが二れらはいずれも高度に発展した社会に特有の先端課題である。焦らずじっくり解いていけば、再び日本は優位に立てるだろう。必要は発明の母である。日本は戦前に資源不足に悩んだが、戦後は臨海製鉄所を作って鉄鋼生産で世界を凌駕した。また70年代に公害問題と石油危機を経験したが世界屈指のクリーンで省エネ型の産業構造を造った。日本人は、今回の3つの先端問題も必ず克服するに違いない。

 日本人は、課題解決の能力に秀でる。これは勤勉で優秀な国民を育てる小中学校の教育に由来する。また日本人は終身雇用制度のもとで与えられた職分を全うする。そして職人魂と高い使命感によって高品質の製品を産んできた。こうした日本人の長所は成長する介護や福祉の分野でも発揮され、細やかなサービスとプロ意識に裏打ちされたサービス産業が世界に展開できるだろう。

 日本の指導層は世界のどこも体験したことのない先端課題に直面し、いささか気弱になつている。だが日本には技術の蓄積と十分な資産があり、すぐれた人材がいる。浮き足立たず、自信を持つて地道に目の前の課題に取り組めばよい。そして世界に先進技術と日本型のモデルを提示していけばよい。そうすれば日本は世界から愛され、尊敬されるだろう。

●B組

 日本は山がちな小さな島国で人ロが多い。世界の中心の欧米から遠く、日本語しか話せない人が多い。日本は非西欧国家のなかで唯一、20世紀のうちに近代化したが、これはたまたま辺境に位置したため植民地化を免れたこと、そしてその後の歴史の偶然と幸運による。日本は食糧やエネルギー資源が乏しく、戦前には欧米諸国とともにアジアを侵略した。最終的には日米戦争に負けて全ての植民地を失った。ところが戦後は東西冷戦のもとで世界は平和になり、日本も自由貿易体制のもとで資源・エネルギーが安く入手できるようになった。そこで日本は技術の蓄積を生かし、アジア諸国よりもいち早く対米輸出で潤ったのである。

 ところが、日本の今後については2つの懸念がある。ーつはBRICsを中心とする国家資本主義の台頭だ。ブラジル、ロシア、インド、中国は巨大な人ロ(市場)を擁し、資源にも恵まれる。これらの国々では国家主導のインフラ建設などが急速に進む。軍備も増強中で、次第に国際社会への影響力を高めつつある。これまで世界の秩序を作ってきた米国は自由と民主主義を理念とする国家であり、自由貿易の信奉者だった。ところがこれらの新興国はそうとは限らず、多くの場合、国内の民主主義は未成熟だ。日本の安全と繁栄を支えてきた自由貿易体制が今後も維持できるかどうか心配だ。

 もう一つの懸念はアジア諸国の追い上げと国内産業の空洞化だ。日本はこれまでモノづくりを極め、輸出で外貨を稼ぐビジネスモデルで成功してきた。アジア諸国もこのモデルに学び、特に教育に力をいれた。すでに韓国や台湾は、一つのハイテク分野で日本に追いついた。中国も1980年代から改革開放路線に転換し、しだいに日本を脅かしている。早くから近代化した日本の優位性が失われつつある。

 90年代初頭のバブル経済の崩壊や金融政策の失敗が日本を弱体化させたという説がある。だが、実は本来の日本の実力はこの程度ではないか。戦後の繁栄も、外部環境がもたらした一時的なものと考えるべきだろう。

 ふり返ってみればこの150年間、日本は極めて強運だった。ぎりぎりのタイミングで明治維新に成功して中央集権体制を敷き、独立を維持した。中国やロシアとも戦って勝った。だが背景には対戦相手の国内の混乱や革命があった。その後の日本は米国に敗れ、非武装化され、財閥解体などで経済は弱体化した。だが1950年代から冷戦が始まると極東はニつの中国、ニつの朝鮮がにらみ合う問題地域となった。そこで米国は日本を共産勢力に対峙する前線基地ととらえ、同盟国化した。これも強運というべきだろう。日本は60年代から80年代半ばまで繁栄し続け、米国では『ジャパン・アズ・ナンバーワン』という本も出された。

 90年代以降は、経済が停滞し、政治も混迷を続けている。歴代政権は、この20年間、ずっと構造改革を唱え、規制緩和や内需拡大を目指してきた。しかし、これまでの改革は規模が小さすぎるうえに遅すぎた。わが国の財政赤字は膨らみ続け、今や円暴落の懸念すら語られる。今後は、少子化で消費市場と生産人ロの両方が伸び悩む。また高齢化で社会保障コストが増大する。加えて地震災害や領土問題に端を発した周辺国との対立などもありうる。

 今こそわが国の弱点を冷静に直視すべきだ。今までの繁栄は身の程を超えたものであり、歴史の偶然のうえに成り立っていただけだ。もはや「再生」や「復活」ではなく、わが国の「持続可能性」が問われているのだ。

 現代は、明治維新、戦後改革に次ぐ大きな改革期である。過去2回の大改革は外圧をきっかけに起きた。今回も外圧の登場を待つべきなのか。いや、他国に追い詰められて動くようではもはや改革とはいえないのではないか。

 多くの日本人は不安を抱えつつも、差し迫って困ってはいない。しかし、地球環境の制約や世界的な紛争が増加する中で日本だけが今までの豊かさを維持し続けるとは思えない。ある日突然、財政が破たんする、あるいは急激な為替の変動、国債暴落などが起こりうるのではないか。万ーそうなってからでは遅すぎる。日本人は国を中心にゼロからの再出発をするべきだ。

 具体的には総理官邸に識者を集め、周到な国家戦略を構築して官民を主導すべきだ。短期的には経済成長のためのインフラ整備を最優先する。たとえば都心部の再開発が進んでいないが、政府が率先して土地を買い上げるべきだ。また日本は欧米に比べてインターネットの普及が著しく遅れている。IT投資も強化すべきだ。今は緊急事態なので財政赤字は気にせず、地方の公共事業を増強して雇用を確保すべきだ。企業には国内投資を優先するように強力な行政指導を行うとともに国内雇用の優先を法律で義務付けるべきだ。外交もこれまでの経済中心から国益優先に変え、領土問題では毅然とした態度をとるべきだ。今の日本に欠けているのは政府の強いリーダーシップである。これまで日本は官民が一体になって発展してきた。小さな政府志向や規制緩和では国は弱体化するばかりだ。政府を中心に国家戦略を遂行し、それによって難局を切り抜けるのだ。

●C組

 日本は、中華文明の東の周縁に位置し、古代から中国の先進技術や文化を移入してきた。大学受験は科挙の名残だし、官僚制は太政官制度の延長である。天皇制もそうだ。学校やクラブ、企業の先輩後輩関係や親孝行の考え方も中華文明、儒教に由来する。たとえば長い間、知識人の教養のベースは漢籍にあった。それが明治以降、一転して西欧文明の模倣に力を入れた。法律はフランスとドイツ、海軍は英国といった具合にいいとこ取りをした。戦後は主として米国崇拝だった。日本は、常に先進国を追いかけてきた。政府やマスコミも、いまだに「欧米に比べ日本は遅れている」とよく比較する。最近は比較対象がシンガポールや中国、韓国にまで広がった。

 こうした行動様式は地理的環境に由来するだろう。わが国は海に囲まれ、孤立感がある。これまで、周りの大国の動きを観察し、いいものだけを注意深く取り入れた。

 最近、強力な国家戦略の必要性を唱える論者が多いが日本には適さない。国家戦略を決めてそのとおり実行できるのはシンガポールのような小国、あるいは米国、中国、ロシアのような大国だ。小国では政策の選択肢が少なく、国内を意思統ーしやすい。大国は、人ロ、国土、資源に恵まれ、国内だけで繁栄シナリオを描くことができる。また軍事力や経済力を極子として他国を従わせることができる。ー方、日本は大国でも小国でもない。国内にはいろいろな地域があって利害関係が錯線し、小国ほど機敏に動けない。また大国ほど他国に影響を与えない。日本には“したたかな受け身”が一番ふさわしい。

 日本は、国家戦略らしきものを時折、掲げる。たとえば幕末には尊王擲夷を掲げた。しかし明治維新後には一転して開国、近代化した。日清・日露戦争には勝ったが相手国の事情を加味した状況対応への結果といえる。昭和に入って中国などアジア諸国を侵略したがこれも明確な戦略がない中での状況対応によるものだった。やがて日本は後付けで大東亜共栄圏の建設を国家戦略として掲げるもののすぐに挫折した。戦後は米国の傘下に入り、独自の国家戦略を描きにくくなった。冷戦が始まると西側の極東の拠点となって経済的には繁栄した。だがこれも状況対応の結果であり、国家戦略の成果とは言い難いだろう。

 要するに近代の日本には周到な国家戦略はなかった。他国との緊張関係の中でその場の状況に対応しながら危機を切り抜けてきた。

 そもそも日本人は戦略的な行動よりも状況対応、つまり事件が起きてからの復旧やキャッチアップが得意だ。3.11でもそうだった。津波の被災地でも原発事故の現場でも現場の組織対応能力に救われた。この特質はおそらく稲作に由来する。稲作では天気や水の量などその時々の外部環境の変化にきめ細かく対応する。毎年、同じ作業をきちんと繰り返すことが大事で、戦略を立ててリスクをとる狩猟民族とは異なる。加えて日本では災害が多かった。震災、台風、大雨、大雪に見舞われるたびにゼロからの再出発だった。こうした日本人の特性は、日々の改善がものをいう自動車や家電などモノづくりの世界に適した。戦後日本の高度経済成長は、製造現場の状況対応力が支えたといえる。

 状況対応するために日本人は常に世界の動向を気にしてきた。その結果、日本には世界中の先端知識が集約されている。料理からハイテクまであらゆるものを世界に学び、したたかに日本化させた。カレーライスやラーメンにしても本場よりもうまいと評価されるほどである。

 バブル経済崩壊後の経済政策も状況対応の積み重ねだった。当初は欧米から「日本だけが失敗した」、「思い切った解決策を取らない」と批判された。だが、最近では「日本は危機を顕在化させず、ゆっくり不良債権を処理した」と再評価する専門家が出てきた。

 今は次の時代への端境期だ。新しいゲームのルールが見えれば、日本人は再び目覚ましいスピードでそれに状況対応するだろう。

 さて、新しいゲームとは、そしてこれから状況対応すべき課題とは何か。国内では非拡大、非成長を前提とする経済と社会の仕組みづくりが課題だ。対外的には本質的に理念が異なる米国と中国のニ大大国のはざまで外交をどう展開するかが課題だろう。

 前者はどういうことか。今日の日本人は経済の停滞を懸念し、お金にまつわる心配に亡とに心を奪われ、将来を憂いている。確かに今後は、高度成長は見込めず、財政状況も悪い。だが日本経済には十分な蓄積がある。企業は海外投資を相当やっている。国民が今の暮らしを持する程度なら、さほど心配はない。問題はむしろ人々の心のもち方である。昔のような高度成長を追求したり、他人との格差を意識し過ぎると無用な不安や不幸の感覚が生じる。経済以外の尺度で個人が自信と満足度が得られる社会を作る必要がある。これは、おそらくこれまで日本人が追いかけてきた米国型ライフスタイルを捨てることから始まる。米国では個人が市場競争にさらされ、訴訟も多い。何でもシステム化され、ストレスからくるカロリー過多の肥満も多い。米国型ライフスタイルは決して理想とはいえない。これに対して日本には「足るを知る」という伝統的な考え方があり、これを復活させるべきだ。今後は、低成長に加え、IT化が進み、仕事が途上国に移る。失業や定年で時間をもてあます人が増える。景気対策よりも個々人が充実した時間を過ごせる等身大の幸せづくりが大事だ。たとえば高齢者が大学の授業を聴講したり、近所の人と知り合う機会をつくるなどいろいろなエ夫が必要だ。江戸時代の家長は50歳くらいで隠居して次世代に職を譲り、盆栽や謡などの趣味に興じた。今後の日本にもこうした環境づくりが必要だろう。

 外交面はどうか。日本は米国と中国という超大国の間で、したたかに状況対応するべきだろう。中国の一部にある拡張主義的な動きに対峙するうえでも、今後も米国との同盟は不可欠だ。だが米国ー辺倒ではやっていけない。米中両国は軍事的には潜在的対立関係にあるが、両国はわが国の貿易相手国の上位を占める。反米でも反中でもないスタンスでバランスをとるべきだ。

 本日の弁論大会の標題にある「日本の針路」は明確には描けない。そもそも日本は針路を定めてそれに従って国家運営できる国ではない。国家は会社ではないし、政府の命令ー下、国民が一つの方向に動く時代でもない。国の動向を云々するよりも各人が自分自身の幸せを追求して納得できる生き方をすればよい。国としての針路はその都度決める。そのために国民は情報収集と感受性を磨いておく。これがおそらく日本の国家としての戦略である。

●D組

日本はエネルギーと食糧の確保に難があり、税金も高く、規制も多い。加えて人口縮減と経済不振、そして財政赤字に直面する。日本の人ロと国土の広さは、かつては強みだったが今では中途半端である。日本企業は、相対的には小さすぎてグローバル競争に勝てない。家電などでは最近、「ガラパゴス化」現象、すなわちメーカーが日本でしか通用しない高機能商品の開発に逃避して世界市場を放棄する現象が起きている。片や海外ではBRICs向けに世界商品を開発するグローバル企業が伸びている。小さな島に住み、日本語しかしゃべれないままで生き残れるか疑問である。今や日本人、そして日本国の持続可能性が問われている。

 世界経済は今後も不安定な状況が続くだろう。投機マネーが世界中を動きまわって為替、株価、ガソリン、穀物などの価格を乱高下させる。地球規模での資本主義の暴走は、どこの政府も制御できない。人々は、資本主義の拡大再生産の原理に組み込まれ、より忙しく、また不安に駆られる生活を強いられる。日本人の暮らし向きは、今後はますます世界経済の動向に左右されるだろう。経済は、もはや国単位では動かない。また国家が経済政策を展開することが難しくなる。

 これからは国レベルよりもグローバル、あるいはローカル(地域)レベルでの問題解決が重要になる。国家の本質は、もともと暴力の占有にある。国家は、軍隊、警察、法律、裁判といった装置を使って他国の侵略を防ぎ、国内の反社会勢力を排除してきた。しかし核の脅威を考えると大規模戦争は起こりにくく、軍事の重要性は昔ほどではない。また教育が充実すれば警察力もあまり必要でなくなる。

 国家や政府が社会の主役となったのは、たかだかこの400年程度である。それ以前は宗教組織や領主の力が強かった。時代とともに社会運営の主役は変わる。長い目でみると国家の役割はしだいに小さくなるだろう。

 外交、通貨、金融、言語、文化などでは国家の枠組は簡単に消えない。だが教育、福祉や産業支援など多くの政策分野では地域単位の方が実態に即している。たとえば米の生産コストは地域で大きく異なる。全国一律で同じ政策を展開するのはおかしい。

 先進国では国民意識もだんだん希薄になっていくだろう。国民は、多国籍企業に関与して複数言語を話しグローバル経済とのつながりで稼ぐ層と国内だけで完結して暮らす層に分かれるだろう。前者は知識、教養、野心にあふれ戦略的に動き、所得も高いがストレスの多い生活を送るだろう。後者の生活はストレスは少なく穏やかだが所得はあまり上がらず、刺激に乏しいかもしれない。教育も変わるだろう。かつては全国で公立小学校が全国ー律の基準で優秀で勤勉な日本人を育て、また日本人としてのー体感を培った。教育内容も教科書検定制度で全国管理してきた。受験制度には批判もあるが学力や知識のレベルをー律的に向上させる意義があった。だが、これからは階層分化に沿って学校教育も多種多様化していくだろう。

 これからの日本を創るキーワードは、「脱日本」「都市」「ネットワーク」の3つである。

 「脱日本」とは徹底的な開国である。積極的に移民を受け入れる。公用語は日本語だけでなく英語、中国語を併用する。古い日本を捨てるためなら国名すら変えてもいいかもしれない。また、日本は今や小国である。もともと米中は大国だがそこにBRICsが出現し、欧州諸国もEU統合で巨大な一つの存在になりつつある。そんな中で日本がめざすべきはスイス、ベルギー、シンガポール、香港のような小国型の国家運営だろう。これらの国では国民は複数言語を話し、教育レベルが高い。国内では外国人が自由に活動し、国民は海外に出て外貨を稼ぐ。

 なお、こうして「脱日本」をめざすと逆に日本の隠れた良さが浮き彫りになるだろう。たとえば日本はキリスト教とイスラム教の対立から中立である。また東洋に位置する非白人国家だが西欧的価値観や遵法精神、経済合理性が浸透している。日本人は世界中のどこの文明、人種とも理解し合え、仲良くできる素地がある。日本は地球全体の入会地、コスモポリタン的な地域になりうる。その特殊性、中立性を生かせば国際社会でもリーダーシップが発揮できる。たとえば炭素ガスの排出規制や投機マネーを規制する国際監視機関の設立を提唱し、誘致すればいい。小国ベルギーは外交に強く、ブリュッセルにはEU本部が位置する。日本は、世界のブリュッセルをめざしたらよい。

 第2のキーワードは「都市」である。20世紀までの国家は「領土」と「資源」を重視した。国力が農産物、鉱業資源、石油、石炭などの資源の確保で決まったからだ。だから列強は植民地を確保すべく戦った。だが21世紀の富は、モノではなく人、とりわけ卓越した才能がもたらす。生命科学などフロンティア領域を切り拓くのは科学だ。また消費を左右するのは機能、価格よりもデザインやストーリーである。前者はサイエンス、後者はアートだがどちらも才能豊かな人材、タレントが産み出す。彼らの多くはニューヨーク、パリ、シリコンバレー、東京、大阪、京都など都市に住む。彼らは才能を発揮するための知的刺激を必要とし、図書館、美術館、公園、大学、映画館、レストラン街など知的・文化的インフラの充実した「都市」を好む。東京はその筆頭格であり、グローバル経済ともつながる。日本にはほかにも大阪、京都、神戸など魅力的な大都市が目白押しだ。

 第3のキーワードの「ネットワーク」はこうした都市の先端人材をつなぐ機能だ。手段は、航空、鉄道、道路、通信、インターネットなど様々だ。ネットワークが世界中の都市の先端人材をつなぐ。彼らはネットワークを介して先端技術を共有化しつつ、お互いの歴史や文化の差異を肥やしに先端トレンドを作り出す。ネットワークの時代は日本に有利だ。航空機と通信・ITの発達で日本と世界の距離は飛躍的に縮まった。自由航行、自由貿易の原則のもとで世界の物品が自由に手に入り、どこにでも輸出できる。立地や資源といった永年の日本のハンディが薄まる。日本は国内ネットワークも充実している。江戸時代から参勤交代やお伊勢参りのために街道ネットワークが整備され、明治には国有鉄道が全国をネットワーク化した。今は新幹線、高速道路、そして全国に100近くの空港があるうえにインターネットの普及率も高い。

 「脱日本」「都市」「ネットワーク」の時代における国家の役割はどうなるのか。これまでは都市の富を国が税で徴収し、公共事業や補助金として各地に再配分した。だが中央では地方の実態がわからず全国ー律の基準で資金を配分するので無駄が生じる。中央集権体制はしだいに融解していくだろう。

 今の日本に必要なのは大仰な国家の戦略や針路を描くことではない。むしろ規制緩和や恵まれない人々のためのセーフティネットを充実し、国に依存せずに各都市、各地方、そして個人が自律的に努力する環境を作るべきだ。その集積が結果として日本の針路を形成する。逆説的だが日本の再生は、今までの日本や日本国を捨てることから始まるのだ。

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