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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学SFC 総合政策学部 小論文 1997年 過去問

1997年 慶應義塾大学 総合政策学部 小論文 課題文

問題以下にあげた資料1~6は,古今東西の論者が国家についてさまざまに論じたものです。これら各資料の論点ならびに資料間の関連を述べながら,国家の役割はどうあるべきか。について1000字以内で論じなさい。

資料1

 さて現在の君主が,もし,その評判がよいという理由によって,ある臣下の能力を信ずるならばその臣下は君主から心を離し,臣下の間の仲間うちで派閥をつくることになるだろう。また,もし,ある特定の家に自分に味方するものが多いという理由で,その家の者に官職を与えるならば人民はそれらの貴族や豪族の家に頻繁に出入りして,もっぱら彼らにおもねることに努めて。国法を守る良民として役人に登用されることなど望まなくなるであろう。こうして,それぞれの官職にしかるべき人物が配置されなければ,その国は乱れるであろう。また,その評判がよいといっては臣下にやたらに賞を与え,一方,評判が悪いからといってはやたらに臣下を罰するならば,賞を欲しがり,罰を避けようとする人々は,みな国法などをないがしろにしてもっぱら私利を求めたり,あるいは仲間内で派閥を作ってお互いにかばい合うことになるだろう。また,臣下が君主のことなど忘れて密かに外国と通じ,次第に仲間を増やすという傾向が現れてくれば,彼らは自分の利益だけを考えて,君主のために尽くそうとする気持ちの余裕など,ほとんどなくなるだろう。交際が広く,味方も多く,国内にも国外にも仲間がいれば,たとえその臣下にかなり重大な過失があっても仲間内でかばいあって隠してしまう。こうして忠良の臣下は罪もないのに危うい目にあわされて死ぬことさえあるかと思えば,一方,姦悪(注:よこしまで悪い)の臣下は格別何の功績もないのに安泰で,利益すら得る。忠良の臣下が危うい目にあわされて死ぬことさえあるようになると,善良な臣下は潜み隠れてしまう。また、姦悪の臣下が安泰で利益も得られることが分かると、悪臣が乗り出してくる。これこそ亡国の大きな原因である。

 さてこうなると、群臣はますます法令を守ろうとせず、各自が自分にとって大事だと思う事柄だけを熱心に努め、国法を少しも重んじない。彼らは権勢のある大臣の門にはしげしげと訪れるが、朝廷には顔も出さなくなり、わが家や仲間の家の都合は何をおいても真っ先に考えるのに、国のことは少しも考えようとしない。これでは、いかに君主の身の廻りに仕える人が大勢いても、君主の尊厳をたもつ役には立たず、また、いかに官僚制度が細かく整備されていても、国の政治を担当する役には立たない。そうなると、君主とは名のみで、実は権勢のある臣下の家の居候(いそうろう)に過ぎなくなってしまうのである。(中略)

 ゆえに明君(注:賢明な君主)は法律にあたって人を選択し、自分の憶測のみで人を推挙したりせず、規則にあたって臣下の功績を評価し、自分の目で計ることはしない。したがって能力のあるものが認められずにいるということもなく、失敗した者がうわべを籍うこともなく。ただ評判がよいというだけで栄進することもなく、評判が悪いからといって販受められることもないから、君臣の間はまことに簡明で面倒なことが起きない。すなわち君主は法律や規則に合わせて事を処理すればよい。(中略)

 明君というものは、群臣が法律以外のことに気を散らさないようにさせ、また、法律のなかに個人の配慮を持ち込まないようにさせ、何事もただ法律の定めたとおりにする。そもそも、法律というものは、出すぎた行いを取り締まり、個人の思惑を寄せつけない性質のものである。また刑は君主の捉を曲げず、臣下の悪を懲らす性質のものである。君主は臣下に権威を貸してはならず、君主の命令を発する権限を臣下に与えてはならない。権威と権限とを臣下に与えたならば、やがて悪事が続々と起こるであろう。また、いったん制定した法律は必ず実行することにしないと、やがて君主の将来は危うくなるであろう。また、刑は必ず断行することにしないと、やがて臣下の邪悪を抑えきれなくなるであろう

(『韓非氏』有度第六より抜粋。現代語訳ならびに編集)

 国家を安泰にする方法は七つあり。国家を危うくする方法は六つある。安泰にする方法をいうと、その一は、賞罰が人の行為の是非に応ずるようにすること、その二は、損得が善悪に応ずるようにすること、その三は,生死の刑罰が法規に応ずるようにすること、その四は、臣下を良否で区別し、愛憎で区別しないこと。その五は、人々を賢愚で区別し、世の中の評判で区別しないこと、その六は、物事を規則であつかい、情状を交えないこと。その七は、君主たるものは人に信義をもって接し、たくらみを用いないこと。以上の七つである。

 次に、国家を危うくする方法をいうと、その一は、物事を規則によらずに処理すること。その二は、罪を法律に照らさずに処断すること、その三は、他人の不利益を通じて自らの利益を得ようとすること、その四は、他人の不幸を見て楽しむこと。その五は、世情が安定しているのに敢えて混乱を起こそうとすること、その六は、君主が重用すべき臣下には距離を置き。憎むべき者を遠ざけないこと。以上の六つである。君主のやり方が後者の六つの方法のようであると、人々は生きている楽しみを感じられなくなり、死ぬことをさして重大なことだと考えないようになる。人々が生きていることを楽しみとせず、死ぬことをさほど重大なことだと考えないようになると、君主も恐れられず、その命令も行われなくなるであろう。

 もし、天下の人がみな規則をよく守って、自分の能力を尽くせば、[君主はこのような臣下を使って]対外的には必ず敵に勝ち。国内では必ず平安を得るであろう。すなわち、君主が世の中を治める際に、人々が正義を行って生活を楽しみ、不正を働くことは慎むような方向に導くことができればおのずからつまらぬ人間は減って、徳のある人間が増えるであろう。そうなれば[戦争や内乱は起こらず]、土地の神と穀物の神の祀りは常に絶えることなく続けられ、国も君主の家も末長く安泰であろう。

(『韓非子」安危第二十五より抜粋。現代語訳ならびに編集)

資料2

蓋子は次のように述べている。「一定の収入がないにもかかわらず。しかも常に道を守りぬく心を持ちつづけられる者は、ただ学問修養の出来た士(注:立派な人物)だけである。一般人は、一定の収入がなければ、常に道を守り抜くことなど出来ないのが通例である。かりそめにも人間として常にまもるべき道を持たない者は、放群邪後(注:「放」はほうりっばなし,『群」はかたよっていること,『邪』はよこしまなこと,「修」はほしいままなこと)なことでも,何でも平気でやってしまうであろう。こうして,ついに罪を犯すようになってから,その罪の内容にしたがってその民を刑罰に処する。これでは,あたかも刑罰という網をあらかじめ張っておいて民をその中に追い込み。その網に引っかけるようなものである。仁人(注:徳のある人物)が位に就いていながら,民を法刑の網の中に追い込むようなことをしてもよいものだろうか。絶対になすべきではない。

 以上のようなわけだから,いにしえの明君は,まず民の生産収入額を定めて,必ず上は父母に十分孝養をつくすことが出来るようにし,下はその収入で妻子を養うのに十分なようにし,豊作の年には長く飽き足りるようにし,凶作の年にも餓死だけは免れるようにした。このようにしておいて後ろから人民を駆り立てて善に進むように仕向けた。それゆえに,民は善に従うこと,まことにたやすかったのである。ところが,今の諸侯(注:古代中国の各国の支配者)のやり方は,民の生産収入額を定めても,[生活の安定などは考えてやらず。ただ重い税を取って苦しめるだけで]人民の方は,上は父母に仕えることも満足に出来ず,下は妻子を十分に養うことも出来ない。豊作の年ですら長く苦しまねばならないし,凶作の年には餓死を免れることが出来ないほどである。こうして,人民はひたすら,死なないようにと,あれこれ努めるのであるが,それでもなお,力及ばず死ぬのではないかと常に恐れている,というありさまである。このような状態でどうして礼義(注:礼儀や正しい教え)などを修

めているひまがあろうか。そんなひまはなく,ただただ,どうにかやっと生きるのがせいぜいである。それだから。王がもし本当に仁政を施し,天下万民の帰服を得たいと思うのなら,なぜ,その根本に立ちもどって,民に生活の安定を与えることから始めないのだろうか。(中略)

 民には一家あたり五畝(注:古代中国で使われた土地の面積の単位)の宅地を与え,そこに桑を植えさせ,養養をさせれば,五十歳位の者は,それによって絹の着物を着ることが出来る。にわとりや豚や犬などの家畜を養い,雇殺する時を誤らないようにすれば,家畜は殖え,七十歳位になった者は肉を食うことが出来る。百畝の田地を与え,農作業に差し支えない時に,夫役(注:公共事業などのために人民を使役すること)に出させ,適時の耕作を妨げないようにすれば,八人位の家族は飢えさせないで養うことが出来よう。かくして民の衣食を確保した上で。若い者を村々の学校に入れ。その教えを謹み学ばせるようにし,さらにその上で,孝悦(注:父母や目上の

ものによく仕えること)の正しい道を行わせるようにするならば,白髪頭の老人が道路で重い荷物を背負って歩いている,などということはなくなる。以上のように,老人が絹の着物を着て肉を食い,一般人民は飢えず。凍えず,という状態になれば,それは立派な政治が行われている証拠であって,このようにしてもなお真の王者となれないなどという者は,いまだかつて存在したことはないのである。」

(『話子」梁恵王章句上より抜粋,現代語訳ならびに編集)

資料3

人民を治め,天につかえるには節用(注:財貨や精力をむやみに使わず出し惜しみすること)が最もよい方法である。そもそも節用していれば、財貨や精力を費やしても早く力を回復することが出来る。早く力を回復すること,すなわちこれを「徳を重ね積むこと」という。徳を重ね積めば克服出来ないものはない。克服出来ないものがなければ,その力の限界は測り知ることが出来ないほど大きなものといえる。その力の限界が測り知ることも出来ないほど大きければ,国家を安泰に保有することが出来る。国家を安泰に保有する根本である節用,これによって人民も君主も長久をたもつことが出来る。

(『老子』守道第五十九より抜粋,現代語訳ならびに編集)

 最も理想的な国というのは。人口も少なくて,小さい国である。そのような国では,たとえ,他人より十倍・百倍もの技量をもつ人がいても,敢えてその才能を用いさせない。人民が生命を大切に思い,死を重大なことと思うようにし,[質素ながらも十分な生活を送らせて]遠くへ移り住みたいというような気持ちを起こさせない。舟や車があっても,これに乗って行く必要を感じさせない。兜や兵器の備えはあっても,これをならべて戦争などをすることはさせない。人民をして,古代さながらの淳朴な風俗,たとえば縄を結んで契約する(注:まだ文字が発明されていなかった古代には,縄をさまざまな形に結んで記憶の便に供したという)ような状態に立ち返らせる。このような「至治の極」(注:最も理想的な統治)が行われている国では、人民がおのおの。自分が食べている食事をおいしいと感じ、着ている衣服を十分美しいと思い。自分たちの家は住みごこちがいいと感じ、その風俗を楽しんで満ち足りて、隣の国が見えるほど近く。お互いの国のにわとりや犬の鳴き声が聞こえるほど近くにありながら、各自の土地に満足し切って、老いて死ぬまで。お互いに行き来しようとも思わない。このような国こそ。理想郷である。

(『老子」独立第八十より抜粋。現代語訳ならびに編集)

資料4

 福祉国家の理論は、次に述べるような三つの前提に基づかなければならない。すなわち、まず第一に、福祉国家は社会全体の福祉に貢献しなければならない。第二に。ナショナル・ミニマム。つまり国民としての最低限の保障水準に達していない人びとの生活水準を引き上げるべく。努力を払わなければならない。また同時に、現在すでに満足すべき生活を享受している人びとの状態をも。維持・改善することに関心を持たなければならない。第三に、福祉の効果を最大にする過程で、いかなる既得権の存在をも認めない。つまり、企業家、サラリーマン、卸売業者、消費者、地主。開発業者。専門職の者、投資家あるいは金融業者などの利益のどれにも与(くみ)してはならない。以上の三点である。福祉は無限の広がりを持っている。すなわち、その影響はひろく、社会・経済環境、労働条件、報酬、ソーシャル・サービスの質と範囲、環境の質、レクリエーション施設、芸術の酒養などの各分野に及んでいる。(中略)

 福祉国家は、人々が政府の権威を正当なものとして容認し、かつ法の支配に服することを人々に求める。福祉国家体制においては、男性と女性とを問わず、すべての人々が、おのおのの力量と才能に応じて、有給もしくは無給の労働を提供する義務を負うことに重点が置かれる。現行の報酬水準が妥当なものかどうか。あるいは既存の富の分配が合理的に行われているかどうか絶えずチェックし、もし不合理な点が見つかったならば即刻改善するよう。社会全体がつねに積極的に関与してゆかなければならないのである。また、労働争議が起こった場合でも、経済活動を阻害することのないように配慮し,なるべく平和祖に交渉によって解決するか,または中立な審判を立てて解決するような方向にもってゆくべきである。(中略)

 ある社会を構成する人々が,みんな互いに同じ社会の構成員であるという共通の意識をもち,かつ公徳心をもって生活することが,福祉国家を成り立たせてゆく上での基本的な要件である。そのような共通意識や公徳心は,異なる人種間の関係。性差別,労働争議を解決する場合,雇用の場の人間関係などの点で特に必要となってくるのである。(中略)

 福祉社会においては,中央政府,公共団体あるいは営利企業などの手に権限が過度に集中しないよう注意しなければならない。というのは,いったんこのような過度の集中が起こると,一般市民の心に無力感や諦めの態度が芽生え,人々は「お上のすることには口だしできない」と諦めてしまい。いかなる社会問題が起こっても無関心な態度をとるようになってしまうからである。

 かくして上に述べたような無関心や懐疑主義あるいは消極的な姿勢が人々の間に強まることに対する警戒感からか,昨今では「市民参加」に対する必要性を強調したり,それを公約に掲げることが最近の流行となっており,「市民参加」という言葉は,いまや一般の議論で頻繁に使われる常奪句のひとつになっている。しかしながら,これまでのところ,「市民参加」という言葉こそ盛んに叫ばれるものの,その意味をきちんと説明し,どうすればそれが現代の政治や行政の上に意味をもつようにできるかという点については,さほど努力が傾注されてこなかった。しかしながら,ここでこの問題を詳しく論ずることは適当ではないと思われるので,福祉国家における「市民参加」の重要性を指摘するのみにとどめておきたい。

 国内の地域差によって行政サービスの供与に不平等が生じ,社会に不公正な状態が発生した場合,そのような不公正な状態に憤りを感じ,それを是正しようとする政治家によって,中央集権化が行政にもたらされるというケースが少なからず見受けられる。とはいえ,権限が地方から中央へ移譲されたにもかかわらず。根本的な解決はなんらなされず,中央と地方との格差は依然として残っている場合が多い。それどころか,自らの手で政策を決定する権利を地域社会から奪うことは,福祉の喪失につながるものである。

 従来,福祉国家というのは必然的に中央集権化してゆくものであると考えられてきた。けれども,中央集権化がすなわち福祉国家の必要条件ないしは正常な状態だと見るのは適当ではない。グンナー・ミュルダール(注:スウェーデンの経済学者)がいみじくも次のように主張しているが,まさに正舗を得た見解といえよう。「国家社会全体のためにいっそう効果的で包括的な政策がとられる一方で、市民は自らの仕事や生活を自分たちの地元民同士で。あるいは分野別の協力によって行う。一方,国家の直接干渉は必要最小限の場合にだけ受け入れることにして,自分たち自身で自分の仕事や生活に対して責任をとる。このようなユートピア的な地方分権化した民主国家こそが国家の形態として最も適切である。」ミュルダールが主張するこのような解決策は私自身の考えとも完全に一致するものである。それは単なる夢物語ではなく,実現可能であり,また望ましい方策でもある。

W・A.ロブソン「福祉国家と福祉社会」より抜粋。編集)

資料5

 健康・教育・厚生省(注:日本の厚生省や文部省に相当する)がこれまで牛耳ってきた行政という名の巨大組織は,我々の健康のためと称してわれわれから取り上げた税金をますます浪費するようになってきている。その結果どういう変化が生じたかというと,たんに医療や健康のためのサービスの費用が一方的に上昇してきただけのことである。その一方で,医療の質の面では,それ相応の改善がもたらされることはまったくなかったといっても過言ではない。

 教育に対する政府の支出も,あたかもロケットのように急カーブを描いて上昇しつづけた。にもかかわらず。教育の質は低下の一途をたどってきたというのが,衆目の一致するところである。異なる人種の間の融合を促進するためと称して,ますます多くの財政資金が投入され,そのうえ,その資金の運用に関しても,より厳重な管理が加えられてきたにもかかわらず,われわれの社会は,人種間の融合どころか。いっそう分裂の様相を呈してゆくばかりのように見える。

 何百億ドルもの資金が,福祉のために毎年,支出されてきている。アメリカ史上を通じて,市民の平均的な生活水準がこれほど高いことはかつて

なかったという今日のこの時点でもなお,福祉援助を受けている人々の数はますます雪だるま式に膨らんでいる。社会保障制度を維持するための財政予算規模は,いまや途方もなく大きいものとなってきてしまっているのである。(中略)

 健康・教育・厚生省が毎年,不正支出や経費の乱用あるいは浪費によって失う財政資金の額は,いまや,なんと一戸五万ドルの住宅を十万戸以上建築するのに十分なほどの巨額にのぼっているのである。

 このような浪費が深刻な問題をもたらしていることは言うまでもない。しかしながら,このような浪費ですらも,「乳母日傘」(おんばひがさ)式に国民の生活に過度に干渉した結果,莫大な額にのぼってしまった財政上のさまざまな弊害と較べるならば,まだ罪は軽いといえるだろう。なかでも,このような過剰な福祉体制がもたらした最大の弊害は,過剰な福祉がわれわれの社会構造の根幹に及ぼした悪影響である。すなわち。過剰な福祉はまず第一に家族の絆を弱め,積極的な労働意欲をそぎ,自分で貯金して生活設計をしたり,あるいは自分で創意工夫を凝らそうとする人びとの意欲を減退させてきた。それとともに,福祉国家体制は資本の蓄積をも減退させると同時に,われわれが本来享受すべき自由をよりいっそう制限するようにもなってきた。これらの事実こそが,現在行われている福祉体制の是非を判断するにあたって,われわれが使用すべき基本的なモノサシなのである。(中略)

 最近数年間におけるわれわれの経験,つまり実質経済成長率の低下や労働生産性の低下といった事柄を見るにつけ,次のような疑問を禁じ得ない。すなわち,「公僕」とは名ばかりの「新たな支配階級」はわれわれの所得からより多くの税金を徴収し,あまつさえ「国民のため」と称して,彼ら「公僕たち」はこれをほしいままに浪費している。もしわれわれがこのまま政府にかつてないほど大きな権力を与えつづけ,権限をこのまま放任しつづけるならば,これまでは政府側が押し付けてくるさまざまな規制をかわして,辛くも自らの存在を誇示しつづけることができた民間サイドの活力が果たして今後も失われずにいることができるだろうか。との疑問を禁じ得ないのである。実際のところ,現在われわれが享受している繁栄はひとえに自由市場のおかげで達成できたものであり,またわれわれが享受している人間の自由が「独立宣言」のなかであれほど雄弁に謳われていることは周知の事実であるが、かつてないほど肥大化してしまった今日の巨大な政府が、結局のところ、これらの繁栄も自由もともに破壊してしまうのではないだろうか。そのような事態は早晩起こる可能性が高いと言わざるを得ず、また、その時期はひょっとすると、われわれが考えているよりずっと早く到来するかもしれないのである。とはいえ、われわれは、もはや引き返すことができないところまで来てしまっているわけではない。フリードリッヒ・ハイエク(注:個人の自由を強調したドイツの経済学者)はかつて「隷属への道」という著書を著して、斯界に深く大きな影響を与えたがいみじくも。彼がその著書のタイトルで示したように、われわれは「隷属への道」を速度を速めながらころげ落ちていくことを選ぶのか。それとも。いまこそ政府に対して厳しい注文をつけて、その暴走を防ぐとともに、われわれ各個人がおのおのの目指す目的を達成するために、自由な個人相互間における自発的な協力をいっそう尊重するような体制にわれわれの社会をもってゆくのか。このどちらの道を選ぶかという「選択の自由」を、まだ依然としてわれわれはもっているのである。暴政と悲惨にあえぐ社会状況というものは人類の大半にとって、これまでもごくありふれた状態であったし、今日でもまだ依然としてそのような悲惨な状況におかれた人々は数多くいるが、さしもの全盛を誇ったアメリカの黄金時代もついに終わりを告げ、われわれはふたたび、暴政と悲惨が支配する状況に逆戻りしてしまうのであろうか。それとも、暴政へと突き進んでゆく方向を転換し、過去の経験に学んで、ふたたび自由をわれわれの手に取り戻して、そこから新たな恩恵を蒙れるような道を選ぶという。賢明さと洞察力と勇気とを。われわれは

今日もつことが果たしてできるのだろうか。

(ミルトン・フリードマン『選択の自由」より抜粋。編集)

資料6

 いわゆる「福祉国家の危機」が叫ばれるようになってから10年以上たった現在、最も重要な論点の一つにようやくはっきりとした解答が見えてきたように思われる。すなわち、昨今においては、政府主導型の福祉という考えは徐々に薄れてゆき、指導力を失ってしまった。どのような政治的立場を取るにしても,政府主導型の福祉というものに対して無条件の支持を獲得することはもはや不可能である。このような政府主導型の福祉国家のパイオニアともいうべき北欧諸国ですら,少なくとも懐疑的な考え方をもつ人々が次第に増えてきている。近年ではどの国でもそうだが,とくに共産主義体制が崩壊した後の国々では,理論面でも実践面でも,旧体制が崩壊した後にぽっかり空いた穴を自由主義的な経済体制が埋めてきた。政府主導型をとるべきだと主張するものと,市場経済の自由に委ねるほうがいいと主張するものとは,一見すると正反対の主張をしているように見えるが。現在もなお活発に論議を展開しているこの両者の間には,じつは暗黙祖に共通点があり,かつ両者にあい通ずる信念がみられることは極めて皮肉である。(中略)

 過去十年間に起こったさまざまな社会変化は互いに矛盾をはらみつつも,次第に従来のような政府主導型の福祉システムを,部分的ながら他の部門が取って代わるというような方向に導くとともに,政府を規制緩和の方向に向かわせる役割を果たしてきた。しかしながら,社会運動,なかんずく都市住民の間に見られるさまざまな市民運動,あるいはコミュニティー内における相互扶助の活動のレベルにみられるような,いくつかの細かな変化の積み重ねが,結果的に,市場か政府かという次元を超える別の分野や価値があるということを人々に認識させるという役割を果たした。すなわち。それらの分野とは,たとえば,ひとつのコミュニティーとそのメンバーである各個人との間の繋がりであったり,あるいはひとつのコミュニティーを基盤として活動するボランティアの自助組織などである。

 こうして社会あるいは政治のさまざまな局面で,人々はすみやかにこのような価値観を自家薬籠中のものとするとともに,さまざまに異なるイデオロギーを持つ人々も,彼らがかつては無視していた社会分野の役割を次第に否応無く受け入れざるを得なくなってきた。また,なかにはこのような新たな価値観を積極的に受け入れるようになった人々もいる。しかし,その受け入れ方はさまざまであり,また概してさまざまな表現の形をとっていることが多いが、結局のところ,意味することはほぼ共通している場合が多い。彼らは,いわゆる「インフォーマル部門」,つまり,もっと分かりやすい表現を使うならば,保守的な人々がいうところの伝統的な「家族」というものが人々の福祉にとっても,また幸せな生活にとっても,極めて重要な要素であることに気づき始めた。同様に,まだ口先だけの場合が多いとは言え,ボランティアの組織,ないしは非営利組織とも呼ばれる組織が,より重視されるようになってきたことは確かである。政治的イデオロギーはさまざまに異なっていても,政府,市場,ボランティアないしは非営利組織,およびインフォーマル部門の四部門のすべてが。社会政策においてそれぞれ積極的役割を果たすべきであるとの認識が、次第に彼らの間の最低限の共通認識になってきたように思える。

(AdalbertEvers&IvanSvetlik(eds),BygPysy,1993より抜粋。翻訳ならびに編集)

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