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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学SFC 総合政策学部 小論文 1996年 過去問

1996年 慶應義塾大学 総合政策学部 小論文 課題文

問1 次の四つのテキストA,B,CおよびDは,それぞれの視点から。現代社会における商品および商品広告について論じています。これらのテキストから読み取れる限りでの,商品および商品広告についての各テキストの論述の論点を説明し,あわせてあなた自身の考えを述べなさい。その際,すべての記述と論述を800字以内におさめなさい。

問2 テキストEはラジオを媒体とする商品広告コピーです。問1で述べたあなた自身の論述の視点から。このCMコピーについて200字以内で論述しなさい。

テキストA

 広告は,商品販売の手段の一つである。このことに疑問の余地はない。だが,広告は企業イメージの向上や商品の告知という経済的レベルの効用しか果たしていないかというと,必ずしもそうとはいえない。確かに,広告が商品販売という利潤獲得過程の重要な要素であることは間違いないにしても,経済的効用のために成立した広告は,いったん成立すれば,それは自分の足で歩き出す。

 つまり,広告は単に経済のレベルの問題にとどまらず,自立して社会的レベルにおいて,大きな役割を果たしている。さらにいえば,広告は人々の消費生活だけでなく,生活そのものに深くかかわり合っており,それは,消費というワクを越えて,年とともに大きな意味を持つようになってきているのである。

 電気冷蔵庫のアート・ドア出現は、何を意味しているのか。私は,アート・ドアの出現は氷の冷蔵庫が電気冷蔵庫に代わったことよりも,重要な意味を持つと考えている。確かに,電気冷蔵庫は生活を合理化した。この点,幾ら強調してもしすぎることはない。けれども,電気冷蔵庫は,かつて氷用のそれが置かれていた同じ台所の片すみに,代わって置かれたにすぎない。そこでは。冷蔵庫と台所という結合は,永遠であるかのように考えられていた。だが,アート・ドアはこの「常識」を打ち破った。今や,冷蔵庫は台所という世界から開放されて,居間へ客間へと進出して行く。

 アート・ドアの出現は,家庭生活の現代化,部屋の多様な使用,来客に対する接待方法の変化など,新しい生活様式に市民権を与えるものであった。来客があると,奥さんかお手伝いさんが,お盆に載せた飲み物をささげて客間にはいってくる。といった接客法は,アート・ドアによって駆逐されてしまう。アート・ドアの出現は,冷蔵庫=台所という常識を打破し,生活様式の変化を示唆するものであった。それは,単にドアが美しくなったという部分的改良のレベルの問題ではなく,生活様式革新のシンボルにほかならなかったのである。

 このようにいえば,だれでも気づかれるだろう。アート・ドアそのものは,商品の部分的改良にすぎないが,そのシンボル的意味は,氷から電気に代わった時にはなかったものだということに一。このことは,より突っ込んだ見方をすれば,商品そのものが,モノそれ自体の使用価値と,シンボルとしての意味との二つの機能を持っている,ということである。

 商品は,その歴史的出現以来,モノとしての価値とシンボルとしての意味とを兼ね備えていた。貴重な商品は,その購買者に地位賦与の機能を与えることは,大昔から知られているし,近代にはいれば,ガス灯や自転車は文明開化のシンボルと考えられた。そして,社会が複雑化し,商品が多様化すればするほど。商品のシンボル機能は,大きくなって行く。さまざまな意味が,商品に与えられる。

 モノとしての商品と,シンボルとしての商品という二つの側面は,社会の発展とともに,後者の肥大となって現われる。このことは,近代における広告機能の大きな革命となって現われるのだ。つまり,現代の広告は商品をシンボル化し,それを大衆にぶっつける道具なのである。このことは,広告の歴史の中で,明瞭に見ることができる。たとえば,広告の原初形態といわれる看板・のれんはもっぱら生産者の所在の告知であり,次には商品の所在の告知となった。やがて生まれた印刷による広告も,もっぱら商品の告知として認識されていた。この段階では,広告は商品のシンボル的側面を全くもってはいない。

 だが,近代以後,商品のシンボル的側面が経験的に認識されはじめると、広告は,単に商品の告知にとどまらず。商品のシンボル的側面をになうようになる。明治末につくられた三越のCM「今日は帝劇,明日は三越」が不朽の名文句といわれたのは,単にゴロがいいからではない。それが当時の上流階級の生活のシンボルとして,三越を位置づけたことに価値があるのである。

 [生産された商品は二つのルートで市場へ送り出されることになる。]第一の流通ルートは,商品というモノ自体が動くルートである。商品は,流通過程をスムーズに流れて,資本の回転力を早めなければならない。そのため,流通過程では,問屋,小売店に対するさまざまの販売促進工作が伴う。と同時に,売上金回収という逆のベクトルも促進しなければならない。こうした流通過程で作用する論理は,コスト・ダウンや合理化などの工業の論理ではどうにもならない商業の論理である。しかも実際上は,商行為に伴う金融操作というやっかいな問題も常につきまとう。このように,商品が成立するやいなや,商品を生産の場とは異なった別種の論理にゆだねなければならないことになる。多くの企業が,製造工程とは切り離された商事会社や販売会社を設立して,流通過程を任せるのは,生産と流通との論理の違いが,経験的に明らかになっているからにほかならない。

 ところが,今日の社会では,商品の流通ルートのほかに,もう一つのルートが必要になる。それは広告のルートだ。そのルートは,モノである商品をシンボル化すること,加藤秀俊氏の表現を借りれば,商品に意味を与えるルートなの

である。ここで貫徹するのは,工業の論理でも商業の論理でもない。それは,シンボルとイメージにまつわる情報の論理なのである。

(山本明著『シンボルとしての広告,「価値転輸器」復版」より抜粋・編集)

テキストB

 その広告は,次のシーンで始まる。一対の手が,立体的な木製パズルを組み立てている。その間に,ソフトに調整された男の声が。最大の“工業社会の問題”または“ビジネス社会の問題”は,実際には“コミュニケーションの問題”だと説明する。

 ビジネスマンと企業家に朗報あり!企業経営の潤滑化の鍵は,効率的で調和のとれた総合的なコミュニケーション・システムにある!ついにパズルが完成したのだ。ごらんなさい!なんと,世界最大の企業AT&T(アメリカン・テレフォン&テレグラム社)の社名ロゴが完成したではないか。

 画面は暗転し,白字のメッセージが浮かびあがる。

 「このシステムこそ解決策だ」そう,天空に星があるのと同じにね。

 このテレビ広告は,しばらくの間夕方の全米ニュース番組の合間に流された。このメッセージは高度に技術的な消費社会に生きる私たちに向けて。この社会についての哲学を伝えている。コミュニケーション産業の自己投影イメージの真髄ともいうべき例で。完璧なる管理を理想像および絶対的な善として提示している。その一方で。この企業は,自社のシステムを使うことで“誰かと心を通わせる”ことができると主張する。AT&Tのサービスを買うことで家族の絆は強まり,友情は維持される,と。

 同社のイメージとテレビ広告は,サービスや製品を超えて,世の中を理解する方法までも売りこもうとしている。その基本的な前提は,企業中心の工業社会において,社会秩序のメカニズムを供給するのはコミュニケーション産業ということにある。効率のよい経営管理を切望するビジネスマンの懐にせまるコンセプトだ。その一方で現代の消費社会の孤独で流動的な個人である私たちに対し,ますます掴まえどころがなくなりつつある家庭関係やコミュニティの絆を約束するのだ。

 AT&Tによって提示されたようなマス・イメージは,覚えやすい言語。信仰のシステム。共通の感性を叩きこむ回路をつくりだし,現代社会の一部となる意味を私たちに説明してくれる。それは,品物とサービスの販売と消費で定義づけられた社会,人間関係がしばしば金銭のやりとりで規制される社会。解決策を見出す必要に迫られればすべて金でかたづけることが常識になりつつある社会だ。冒頭の広告に見られるような意図は日常のことになった。消費が私たちの“ウェイ・オブ・ライフ”なのだ。

 コマーシャル・イメージ一広告,パッケージ,広報活動,映画,テレビなど一は,この“ウェイ・オブ・ライフ”の強化に重要な役割を果たしている。だが。私たちにとって,イメージは単に日常生活に組み込まれたものを再確認させるものにすぎない。疑問は一商業主義に彩られた社会では,ほとんど口にされないが一今もなお未解決のままだ。このような“ウェイ・オブ・ライフ”が,いかにして出現したのか?今日の社会ではマス・イメージが重要な役割を演じているが,人々を消費こそ求めるべき生きかたであり理解の方法だと方向づけてきた歴史のなかで。いったいマス・イメージはどんな役割を演じてきたのだろうか?

 マイク・ゴールドの自伝的移民小説『金のないユダヤ人」のなかでは,著者の父親が,文化的な崩壊感を簡潔に表現してアメリカを“泥棒”よばわりする。最初は慣れ親したしんだ生活を補充するための手段と解釈されていた賃金労働と時間の切り売りは,じつは新しい支配の構造であることがじきに暴露された。賃金は,資本と同じ働きをしなかった。資本は土地に似通っていた一それを所有するものに有利にはたらく富の一形態だった。資本は自分で肥えてゆくが,賃金は違った。労働者がアメリカでかき集めたわずかな金は,その場で消費されるべき性質のものだった。後に残りもせず,希望も生みださなかった。農業や手工業に携わり,消費は禁物だと教えられてきた人々に,消費は新世界での市民権の定義づけに必要なものとして提供されたのだ。

 価値や生存が土地と直結したり,自然の利用からもたらされた状況下では,大量消費は自殺行為を意味した。工業国アメリカに移住してきた農民や手工業の職人にとって,賃金労働システムはこの基本的な前提の冒漬にほかならなかった。自然との官能的な融合から生じたこの前提は,いまや工業生産,市場開拓,都会生活の泥沼に埋もれつつあった。ここでも貯えようとする努力はなされたが、賃金を土地と同じように活用しようとの移民の試みは,むだに終わることが多かった。大量生産工業と発生期にあった消費市場に特徴づけられた社会において,人間と自然の分裂は自明の理であり,ウィリアムズ呼ぶところの「“人間による自然の征服”の勝利者側の論理」が定着していった。

(スチュアート&エリザベス・イーウェン著『欲望と消費」より抜粋・編集)

テキストC

 消費者はもはや特殊な有用性ゆえにあるモノと関わるのではなく,全体としての意味ゆえにモノのセットとかかわることになる。洗濯機,冷蔵庫。食器洗い機等は,道具としてのそれぞれの意味とは別の意味をもっている。ショーウィンドウ,広告。企業。そしてとりわけここで主役を演じる商標は,鎖のように切り離し難い全体としてのモノの一貫した集合的な姿を押しつけてくる。それらはもはや単なるひとつながりのモノではなくて,消費者をもっと多様な一連の動機へと誘う,より複雑な超モノとして互いに互いを意味づけあっているが,この限りにおいてはモノはひとつながりの意味するものなのである。

 消費についての(門外漢のあるいは学者の)あらゆる議論は,次のような神話的高話によって要約される。一入間は欲求を授けられるが、この欲求は彼に満足を与えてくれるモノへと人間を導くという富話である。そうはいっても,人間というものはけっして満足しないわけで(この性格がいつも非難されるのだが)。同じ物語が昔のおとぎ話の古くさい明白さを伴って無限に繰り返されることになる。

 ある種の人々の見解からは,当惑が顔をのぞかせている。「欲求は経済学が関与するあらゆる未知の要素のなかでも,最もしつこく未知なるものである」(ナイト)。しかし,こうした当惑は,マルクスからガルブレイス,ロビンソン・クルーソーからションバール・ド・ローヴにいたる人間学的学説の主張者たちが,欲求についての長ったらしいお説教をあきもせずに繰り返すことをさまたげはしない。経済学者にとって,欲求とは「効用」のことである。それは消費を目的とした。すなわち財の効用を消滅させることを目的としたしかじかの特殊な財への欲求ということだ。だから欲求は手に入る財によってそもそもの初めからすでに何らかの目標=終りにふり向けられており,選好もまた市場で供給される生産物の選び抜きによって方向づけられているわけで欲求とは結局支払い能力のある需要〔有効需要〕である。心理学者たちはもう少し複雑な理論を作りあげ,それほど「モノ志向」的ではなくそれ以上に本能志向的で。いわば生得的で不明確な必然的性格をもった動機を欲求だとする。最後に登場する社会学者と社会心理学者にとっては,欲求は「社会=文化的」性格をもっている。学者たちは個入は欲求を授けられ本性に従って欲求の充足に駆り立てられるものだという人間学的仮説や,消費者は自由で意識的であり自分が何を望んでいるか知っている存在だという見解を疑問視せずに(社会学者は深層心理的動機に疑問をもっている),こうした観念論的仮定にもとづいて欲求の「社会的力学」の存在を認めようとしている。その上で。集団内の関係から引き出された順応と競争のモデル(「ジョーンズ一家に負けるな」)や社会と歴史全体に結びついた大がかりな「文化モデル」を登場させるのだ。

 彼らのなかには,大雑把にいって三つの立場がある。

 マーシャルにとって,欲求は相互依存的で合理的である。

 ガルブレイスにとって(彼については後でまた触れることにしよう),選択は説得によって押しつけられる。

 ジェルヴァジ(およびその他の人びと)にとって,欲求は相互依存的だが(合理的計算の結果である以上に)見習い学習の結果である。

 ジェルヴァジはいう。「選択は偶然になされるのではなくて社会的にコントロールされており,その内部で選択が行われる文化モデルを反映している。どんな財でもおかまいなしに生産されたり,消費されたりするわけではなく,財は価値の体系との関連において何らかの意味をもたなくてはならない。」この説は消費を社会統合の視点から見る立場へとわれわれを導く。「経済の目的は個入のために生産を最大にすることではなくて、社会の価値体系との関連において生産を最大にすることである」(パーソンズ)。同様に,デューゼンベリーも同じ意味あいで,ヒエラルキーにおける自分の位置に応じて財を選好することが結局唯一の選択であると述べるだろう。消費者の行動をわれわれが社会現象と見なすようになるのは,選択という行為がある社会と他の社会では異なっていて同じ社会の内部では類似しているという事実が存在するからである。これが経済学者の考え方と異なる点である。経済学者のいう「合理的」選択は,ここでは一様な選択,順応性の選択となった。欲求はもはやモノではなくて価値をめざすようになり。欲求の充足はなによりもまずこれらめ価値べめ密着を意味するようになっている。消費者の無意識的で自動的な基本的選択とは,ある特定の社会の生活スタイルを受け入れることなのである。

(ジャン・ボードリヤール著『消費社会の神話と構造」より抜粋・編集)

テキストD

 A氏は,まずメンフラハップのコマーシャルを例にあげ,「モノはそこにあるだけではただのモノにすぎない。が,そのモノに面白い言葉がつくと。とつぜんモノが息づき,モノと人間との関係が生き生きとしたものに変わってくる」と,広告の“あらまほしきありよう”を説いてから,商品というモノを息づかせることなく,モノから離れ,一人歩きしていった“繁栄”の60年代以降の広告について批判的にのべている。

 その広告のいわゆる「モノ離れ」現象が起きたのは「技術の高度化が平準化を生み,競争商品の間に品質や性能上の差異がなくなった」結果だった。商品が似たようなものになればなるほど,自社商品の印象を競合商品から際立たせる必要が生じ,その「差別化」の役割をもっぱら広告が担うことになったのである。ということについてA氏はいう,「それはいい。好むと好まざるとにかかわらず。私たちはそういう時代を生きている。がその差異づくりが,もっともらしい言葉やまことしやかなレトリックの競争になり,人間的な息づかいを失って空回りをはじめると,言葉はただのガレキになり,モノと人間との間に壁を作ってしまうことになる。60年代以降の広告は,実際には,そんな方向へどんどん進んできてしまったのではないか」「そういう広告は,商品と人間の関係を生き生きさせるどころか。両者を窒息状態に追い込んでしまう。いま広告に批判されるところがあるとしたら,それは欲望を誘発するとか暮らしのイデオロギーを押しつけるといった古くさい論点によってではなく,モノと人間をへだててしまうような“言葉のモノ化”によってではないだろうか」と。

 A氏によれば,川崎作品で,郷ひろみと横山やすしが「ハエカ退治にキンチョール。言ってみろ!」とバケツに向かって叫ぶのは,モノ化した言葉の壁を開く「ひらけ,ゴマ!」のまじないであり,糸井作品が意図するのは,“差異づくり”でなく“場づくり”を狙うことで,モノ化した言葉の壁をバイパスしてしまうことだという。その分析は面白かった。モノと人間の関係,人間と人間の関係,の再活性化広告を歓迎することにも賛成である。

 しかし,「それはいい。好むと好まざるとにかかわらず私たちはそういう時代を生きている」と「時代」を大前提化して,論議の対象外にしてしまうことと。広告の問題点に関して。「欲望を誘発するとか暮らしのイデオロギーを押しつけるといった古くさい論点によってではなく…」と,広告表現に問題をすべて集約してしまうことは,疑問だ。

 広告内の議論ならむろんそれでいいのだが,社会との関連で広告を論じる時,広告と「時代」との関係,そして「時代」と不可分に結びついた広告主にとっての広告の基本的役割を論議の外におくわけにはいくまい。ましてその,広告の基本的役割は,依然としてまだ,新しい生き方・考え方。すなわち「暮らしのイデオロギー」の提示(押しつけ)であり,その新しい生き方・考え方と一体化した商品=モノへの欲求喚起なのである。

 資生堂がハワイに日本初の海外ロケ隊をおくったのは1966年だったが、それから10年もしないうちに,ハワイはおろかアフリカやモロッコの奥地にまで日本の広告ロケ隊が群がるようになった。だが,そうやって世界中の「憧れの生活」が広告メディアを埋め尽くすようになった時,日本の商品は欧米に追いつき,商品間の差異も,A氏がいう通りに,消えはじめた。欧米という手本が手本でなくなり,品質・性能という明快な目標も消えたのである。どこかが新製品を出すと,それが束の間の手本・目標になった。そうして品質・性能の平準化が加速し,「差別化」の役割が広告に移っていった。だが,その広告においても同様の平準化が起ったのである。アメリカロケでは差をつけ得ないからインドへ行こう,いやアフリカだ,と「憧れ先」が次々開発されたがロケ先の差もたちまち平準化され,セットの差。タレントの差,メイクの差,アイデアの差もすぐあと追いされ,ということの結果が。無個性な,表現だけが浮き上がり,心の喚起力もない広告表現の「モノ化」現象だったのではないか。

 そして代わりに出てきたのが川崎徹の「オモシロ広告」であり,糸井チームの||おいしい生活」すなわち「充実させよう日常生活|広告だったのだ。「いまここ」から心を憧れの彼方にとばすことをやめ,「いまここ」に目を向け直そうという広告。ただしそれらの広告も,第一義的にはやはり「差別化」のための新趣向であり,新しい生き方の提案なのである。つまり「モノ離れ」広告と本質的なところでは変わらないのだ。

(佐野山寛太著『広告化文明」より抜粋・編集)

テキストE

NA 家族が寝しずまると

私はありふれた毎日からぬけだし

そっと行方をくらます。

SE (フランス語で原詩朗読)

NA ランボーの詩集。サントリーローヤル。

詩人と私は,それは奇妙な一夜を放浪する。

パリのくすんだ街角。娼婦。革命。牢獄。そして,砂漠。ここまで来て,私もようやく渇きはじめた。この渇きは,いったい何なのだろう。

SE (ウイスキーを注ぐ音)

NA こんな夜,ランボーと。サントリーローヤル。[注]ランボーは19世紀後半のフランスの詩人で,早くから放浪癖と詩才を示し,波乱万丈の短い人生を送った。スペインでの反乱参加。ジャヴァでのオランダ植民地傭兵,曲馬団生活,果てはアフリカに渡って商人になり,エチオピアでは武器商人になった。この間,16歳で『酔いどれ船」,19歳で『地獄の季節」などの作品を残した。

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