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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学SFC 環境情報学部 小論文 2013年 過去問

2013年 慶應義塾大学 環境情報学部 小論文 課題文

1. 様々な知とその獲得

 マイケル・ポランニーはその著書「暗黙知の次元」の冒頭で次のように述べています。

「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる」

 たしかにわたしたちは、言葉では説明できない知識をもっていることを誰もが納得することでしょう。このことをポランニーは、暗黙知とよびました。これに対して、言葉や記号によって記述できる知のことを形式知とよびました。

 暗黙知のひとつに、身体知とよばれるものがあります。例えば、自転車に乗れるようになったときのことを思い出してください。自転車に乗れるようになるために、周りの人たちから様々なアドバイスを受けたかもしれません。しかしながら、結局のところ自転車に乗れるようになったとき、どうしたから乗れるようになったのか、高度な制御を必要とする自転車乗りの技能を言葉によって明確に説明することは難しいでしょう。しかし、どうしたら自転車に乗れるのか、わたしたちは知っていて、いったん身についた自転車乗りの技能は生涯忘れずに「身体」に刻み込まれます。このようにして獲得された身体技能のことを身体知とよびます。身体知の獲得においては、言葉によって説明ができなくとも、どのようにすればよいのか、すなわち、howを知ることが、身体を動かすことによって得られます。自転車乗りを例に挙げましたが、身体技能の多くはそれを達成するために、わたしたち自身の身体を動かす訓練を必要とします。

 これに対して、これまでみなさんは学校教育において、様々な教科の知識を教科書を用いながら段階的に学んできました。頭脳知とよんでもよいかもしれません。文部科学省が定めている学習指導要領には、学び手である生徒側には段階的に学ぶことが、教える教員側には系統的に学習指導を行うことが推奨されています。文字や言葉だけによって得ることのできない身体知を獲得するプロセスは、皆さんがこれまで学校教育のなかで学んできた知識の学び方とは異なるといえるでしよう。

 頭脳知(形式知)と身体知(暗黙知)、段階的学習と非段階的学習の位置づけを考えてみると、わたしたちの学びには、あなたがこれまで学んできた方法とは異なる学びの方法も存在することに気がつくでしょう。慶應義塾大学環境情報学部において、新しい学びへ飛び込もうとするみなさんたちに、知への取り組みかたについて問いたいと思います。資料1から資料9を読んだ上で、三つの設問に答えてください。

2. 資料の概要

資料1から資料3

資料1は、法隆寺の宮大工だった故西岡常一氏が、宮大工を育てるしくみである徒弟制について語っている文章です。資料2は、現在でも徒弟制が残る伝統芸能の分野において、弟子が徒弟制のなかにみられる非段階的な学習を語っています。資料3は、徒弟制は模倣による学びであるにも関わらず、模倣からなぜ、新たな創造が生まれるのかについて述べています。

資料4から資料7

 資料4、資料5および資料6は身体知の事例として、ピアニスト、スポーツアスリート、医師が紹介されています。これらの技能を評価するために、科学技術を用いた方法が述べられています。資料7は実践知の評価方法が述べられている文章です。職業上の熟達者、すなわちエキスパートがもつ実践に関する知識のことをここでは実践知とよんでいます。実践知は身体知とならんで暗黙知のひとつと言えます。この実践知を評価するための方法が列挙されて説明されています。

資料8および資料9

 資料8は、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスに近い将来開設される、未来創造塾に関する説明資料の一部です。資料9は福翁自伝のなかで、福澤諭吉先生が適塾における塾生達の学びの様子を回想している文章です。

3.設問

問1:あなた自身の身体知の学び

 図1は、知の種類と学び方を表した図です。わたしたちの知を平面としてとらえ、学びの象限と名付けました。図には知を理解するために2つの軸を設けています。頭脳知(形式知)と身体知(暗黙知)軸、段階的(学習)と非段階的(学習)軸がそれを示しています。

 図1と、資料1から資料3をふまえた上で、あなたがこれまでに学んだ身体知(あなたが第I象限と第IV象限に属するであろうと考える知)について述べてください。その身体知がどのような経験によって獲得されたのかを具体的に述べたうえで、自分が学んだ方法以外に、はたしてその知を獲得する別の方法がなかったか、について考察してください。(400字)

問2:身体知の学びを支援する新たな方法の提案

 問1で述べたあなた自身の身体知を、大きく向上させる新しい方法を提案してください。必ずしも科学技術にとらわれる必要はありません。あなた自身の自由な発想によるこれまでにないまったく新しい方法を提案してください。(400字)

問3:未来創造塾において、身体知の学びを支援する新規科目の提案

 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでは、近い将来新たに建設する未来創造塾において滞在型教育に挑戦します。慶應義塾大学の原点である適塾”のように、教員をふくめた仲間と寝食をともにし、問題発見解決型学習を目指します。

 あなたは入学後、この未来創造塾において、あなたが独自に提案する科目設置を認められました。あなた自身が伸ばしたいと考える自らの身体知を最大限引き出し、伸ばしていくための新規科目を提案してください。問2において、あなたが提案した新たな身体知の学びの方法を具現化する手段として、ここで提案する科目は、あなただけでなく、多くの学生に貢献しうるものであってほしいと願っています。

 設置する科目名、その科目で履修する内容、その科目を履修することによって伸ばせるとあなたが期待する身体知は何か、想定する学生数、評価方法、そして学生、教員の学び方と教え方がどのようにあるべきかについて述べてください。未来創造塾に必要とされる設備・環境などを挙げても構いません。(600字)

4. 資料

資料1:徒弟制と学校

 棟梁が弟子を育てるときにすることは、一緒に飯を食って一緒に生活し、見本を示すだけです。道具を見てやり、研ぎ方を教え、こないやるんやというようなことは一切しませんのや。「こないふうに削れるように研いでみなさい」とやって見せるだけですな。弟子になるものには大工になろうという気持ちがありますのや。ただその上に何か教えてもらおうという衣みたいなもので覆われていますが、それが邪魔ですな。まず、生活しているうちに自分でこの衣を解かないけません。これは私が解いてやるんやなくて、弟子が自分で解くんです。また自分で解く心構えがないと、ものは伝わりませんな。ですから弟子に来たからというて手取り足取りして教えることはありません。見本を見せた後はその人の能力です。いかにどんなにしたところで、その人の能力以上のことはできまへんからな。

 学校や今の教育は違いますな。まず手取り足取り教えますな。子供がわからな、教え方が悪いと言いますしな。それでそのときはこないする、こんなときはこうやったほうがいいと、こと細こう教えますな。そしてわからなかったら本を読めといいますわ。

 私らは一切そんなことをしません。本は読まんでもいい。テレビも新聞も見習い中はいらん。こうですわ。こんなですから今の教育に浸った人たちは何と理不尽で、遠まわりな古くさいもんやと思いますやろな。

 しかし、これが一番の早道ですな。ヘ理屈を並べるよりも、本当に伝えようと思ったらこのほうがいいんです。形式的に丸暗記して、そのことの意味がわからんでも、そのときさえ覚えた気になればいいというんなら言葉だけで伝えてもいいんです。親方がいったことを弟子が繰り返していう。それだけでいいし、それやったら本でも読んでいればいいんです。棟梁なんていりませんな。しかし、そんなんで、ものが覚えられますかいな。大工はそのときの試験に通ればいいのというんやないんです。仕事を覚えたらそれで一生飯を食い、家族を養い、よその人のために建物を建てるんです。建物を建てるというのは頭のなかの知識じゃないんでっせ。ちゃんと自分の手で木を切り、削ってやらなならんのです。そのとき「それは知ってますわ」じや、なんの役にも立たないんです。

 教わるほうは「もっとちゃんと教えんかい」、「これだけじゃ、できるわけないやろ」、「おれはまだ新入りで親方とは違うんじゃ」とかいろんなことが思い浮かびます。しかし、親方がそういうんやからやってみよう、この方法ではあかん、こないしたらどうやろ、やつぱりあかん、どないしたらいいんや。そうやってさまざまに悩みますやろし、そのなかで考えますな。これが教育というもんやないんですかいな。自分で考えて習得していくんです。それを生徒がやっと答えを出したときに「何やっとるねん、早ようせい。愚図やな」、「そんなときはこうや」、こういって先生や親は考える芽を摘み取ってしまうんですな。

 それと、親方のいうことにいちいち反対しているうちは、親方のいうことがわかりませんのや。一度、生まれたままの素直な気持ちにならんと、他人のいうことは理解できません。素直で、自然であれば正直に移っていきますな。そのなかから道が見つかるんです。こないなこと言葉で説明してもややこしいだけですが、こんな意味のことを、実際、弟子に話しますのや。

 弟子も初めは何にもわかりません。そのほうがよろしい。何にも知らんということを自分でわからなならん。本を読んで予備知識を持って、こんなもんやろと思ってもろても、そうはいかんのです。頭に記憶はあっても、何にもしてこなかったその子の手には何の記慌意もありませんのや。それを身につけにくるのが弟子です。技は技だけでは身につくもんやないんです。技とは心と一緒に進歩していくんです。一体ですな。

 教育は「教え」、「育てる」とこう書きますな。徒弟制度は「育てる」。これだけです。住み込むことで、一緒に暮らし、肌で感じななりません。弟子の方には「教わる」というのはあるかもしれませんが、考えるのは自分ですからな。考えてやってみる。これを何度も繰り返し、手に記憶させていくんです。頭で考えたことをやってみて手に移すんです。なかなか手と頭はつながらんのです。そのうちに何となくわかって、できるようになる。「こうやれ」といわれているわけではないんですから、自分でやっているうちに親方のやり方に似てくる、近づいてくるんですな。時間がかかりますな。学校やったらこんなこと、やってられませんな。やろうと思ってもできませんわな。

(西岡常一、小川三夫、塩野米松著、木のいのち木のこころ<天・地・人>、新潮文庫、一部編集、改変)

資料2:模倣から習熟へ

中村勘三郎 役者が芸を教わるってことは、正面切って教わりに行く、というこまり、見て覚える、って三とが本筋ですね。ぽくなんか、若いころは舞台の袖の後見藩りでいつも黒衣着て藩後競してて、いい役者の芸を見習ったものです。黒衣着てれば舞台で何かあったときに、さっと出て行けるからね。

鶴沢寛治 順序というもんはないんですわ。相撲と一緒で、強かったら大関にでもなれるちゅうことです。一つの曲を仕上る回数も決まりまへんです。取る力があったら一ペんで取ります。・・・ただいまのようにね、さあ教えてやるっちゅうて、こう、前もって、こうしなさい、ああしなさいちゅうにやないんです。ただ、人に稽古してはんのを聴かしてもらい、そいで「やってみい」ちゅうて「そんなこと去うてる」ちゅうて、叱られるのが試験みたいなもんですね。・・・

萩原正呼 今毎日お弁当持ちで先生の家に朝から夜6時頃までおりましたから、・・・それで聞き覚えがございますし…。その時分は毎日稽古です。明治41年頃のことです。先生の傍にじっと居りまして聞き覚えができます。尾上菊五郎踊は何を教わったかというんですね。そうですね。最初は、『春雨』でしたね。次に、『至宝』、『比兵衛』、『忠信』、『子守』という具合でした。それを一ヶ月ぐらいで一まわり習わされましたが、それがすむと今度は一つずつの踊を自分が納得するまでやらされました。ですから一つの踊が一年も一年半もかかっています。

 これらの言に共通して言えることは、いずれの領域においても特に厳密なカリキュラムが組んであるわけでも、またその作品の習得の仕方は中村勘三郎の言うように「正面切って教わる」ものでもなく、鶴沢寛治や萩原正昨今の言うように「聞いて覚える」ことが、つまり「模倣」が中心となっている点である。

 師匠の動作を見よう見まねで自分で真似することから学習は始まるのである。こうした教授(習得)方式は過去の伝統芸道に固有の方式であるばかりでなく、伝統芸道の世界では現代に至っても依然として基本的にはこうした方式が採られている。例えば、やはり日本古来の伝統芸道の一つである日本舞踊の世界では、入門者は、お辞儀の仕方や舞台での最低守らなければならない作法を師匠から指示されるといきなり作品の教授(習得)が開始される。入門したての学習者は日本舞踊のイロハも分からないままに、邦楽のテープに合わせた師匠の動作の後についてそれを模倣する。

 こうしたやり方は西欧の芸術に慣れ親しんだ者にとっては全くの驚きであるにちがいない。ピアノの場合には、まず右手の動き、左手の動き、そして両手の動きを、つまりピアノのイロハを入門者の既存の知識に照らして順を追って教授を進めていくのに対して、日本舞踊では最初から、師匠の動作の全体的な模倣から入っていくのである。もちろん、第一日目から一つの作品の全部を模倣しなければならないわけではなく、作品の長短によっていくつかにわけて稽古が進められていくのであるが、それとても、ただ頭からきりのよい所までを練習するのであって、基本的な部分を特に取り出して練習するわけではない。

 一つの作品を何回かに分けて練習し、作品の全部が一応模倣できるようになると、今度は全体の繰り返しの練習に入る。師匠の動作を繰り返し繰り返し模倣するのであるが、その間学習者は師匠から細々とした指示は受けない。「もう少し手を上に」とか「右足ではなく左足を前に」とか言われる程度であり、また一方学習者はひたすら自らの身体の動きを師匠の動きに似せようと努めるのみで、稽古の最中に自分の疑問を言葉にして口にすることはない。(学習者は動作の模倣に専心すべきであるということが暗黙の約束事として成立している。)学習者は稽古の時間にも自宅で師匠の動作を思い出しながら、繰り返し練習に励むのである。

 このようにして、日本舞踊の学習者は次々に作品の模倣、繰り返しを経て習熟の域に至るのであるが、こうした事象は他の伝統的な「わざ」の習得プロセスにおいても基本的に変わらない。

 模倣、繰り返しを経て、一つの作品が師匠から一応「上がった」と言われると学習者は次の作品の練習に入っていくのであるが、この場合、次の段階に「進む」という明瞭な観念は師匠にも学習者にもない。現象的に言えば、ただ一つの作品の模倣が終わったのであって、また別の作品の模倣に入っていくにすぎない。この点、最終的な目標が遠くにあってそれに向かって、段階を追って学習を進めていく方法とは全く異なる、非段階的な学習方法に注目しなければならないであろう。

 例えば、西欧の芸術においては、一つの「わざ」の体系はいくつかの技術の要素に分解され、それぞれを単元としたカリキュラムが組まれ、学習の易しいものから難しいものヘという順に配列されている。学習者は、ピアノならば教則曲、ハノン、バレエならば「パス(pas)」の練習に多くの時間をかけて、基礎がしっかり身についてから作品に入っていくのが常道とされている。

 それに対して、日本古来の「わざ」の教授はいきなり一つの作品の模倣から始められ、しかも段階を追って順に学習を進めていく方式は採られていないのが共通した特徴であると言えよう。易から難へと段階を追って進むのではなく、むしろ難を入門者に経験させたり、あえて段階を設定しないで、学習者自らがその段階や目標を作り出すように促したりすることの教育的意義を実践しているように思われる。

(生田久美子著、「わざ」から知る、東京大学出版会、一部編集、改変)

資料3:模倣から創造へ

 親方といっしょに働いている徒弟が知識をみずから構成していることは疑いない。彼は親方が行っている活動を観察し、それを自分なりに解釈し、これで良いと思うやり方で再現し、親方の助言や課題自体からのフィードバックをうけ、最初の解釈を修正していく、といったことをしているのである。しかし、彼が行っているのは知識の再生産であって生産ではない。つまり徒弟は商品の生産過程の一部に参加しつつ学ぶことで、最終的には親方がもっている知識・技能のすべてを身につけることができるが、それ以上のものを獲得しうるとは思われない。言いかえるとこの型の学習だけでは、それをいくら積み重ねたところで、徒弟が新しい知識を創造する、別の観点からすれば、ある社会の有する知識が全体として進歩する、ということはありそうにないのである。

 波多野・稲垣は、われわれのもつ知識の多くが他の人から学んだ知識であるにもかかわらず、われわれが多少なりとも知識を進歩させていくのはなぜか、という問題をとりあげ、適応的熟達化という考え方を提出した。これは、人びとが単に既知の手続きを手際よく実行しうるばかりではなく、条件変化に応じて手続きを柔軟に修正しうるような熟達者になることがなぜ可能なのかを説明するものである。

 彼らのこの考え方を、料理を学ぶという事態にあてはめてみよう。調理法の多くは文化的に伝承されるものだが、同時にそこには、個人的な創意工夫がつけ加えられやすい。つまり、知識の再生産と生産が共起しやすいのだ。

 理解へと動機づけられているかぎり、人びとは料理の適応的熟達者になる可能性がある。はじめは誰かをまねて、あるいは本に書かれた調理法にしたがって料理をしている。しかし、経験をつむにつれ、さまざまな新しい組み合わせをためしつつ、それぞれの手続き(焼く、氷水につける、など)がどのような味の変化をもたらすのかを観察することにより、その意味を知るようになる。同時に、料理の素材についての理解もすすみ、それぞれの具体的な手続きが素材にどんな変化を生ぜしめているのか、観察した事実を超えて推論できるようになる。これにより彼の調理法は柔軟なものになっていく。たとえば、同じ意味をもつほかの手続きとおきかえうるようになる。本に記載されているのとはちがった材料を用いることもできるし、新しい料理を発明することさえできる。

 ここでの文脈からすると、適応的熟達者もまた徒弟として、つまりより成熟した他者を学習環境として学びはじめる、という点が重要だろう。いくら人間が強い知的好奇心を持つといっても、いきなりその社会にとっての新しい知識を創造することはむずかしい。より成熟した他者と共働する、という文化的準備を必要とすることが多いのである。(稲垣佳世子、波多野証余夫著、人はいかに学ぶか、中公新書、一部編集、改変)

資料4:超絶技巧を支える運動技能

 日常で最もよくおこなう、物を掴んだり離したりする動作を思い浮かべてみてください。5本の指すべてが、同時に動きます。これは、どのような物を掴むときでも、また、目をつむって物を掴むようなときにも、共通して見られる動きの特徴です。ほかにも、一見、複雑に見えるコンピュータのキーボード操作でも、実は、人差し指・中指・薬指の第2関節は、同時に同じ方向に動いていることが知られています。では、ピアノ演奏でも日常動作と同様、それぞれの指は同時に、同じ方向に動いているのでしょうか?あるいは、ピアニストはもっと違った手指の使い方をしているのでしようか?

 実は、ピアノ演奏のときに、手指にあるたくさんの関節がどのように動いているかは、これまでまったく知られていませんでした。そこで私は、ミネソタ大学のセクティング教授とフランダース教授と共に、ピアノ演奏の際の手指の動きを詳細に調べる研究を行いました。

 実験には、国内外のピアノ・コンクールで入賞歴のあるピアニスト5名の方に来ていただきました。ロシア、フランス、ドイツ、アメリカ、日本と、それぞれ異なった国で学んだピアニストに参加してもらうことで、逆に、ピアニストのあいだに共通して見られる手指の使い方を明らかにしようと思ったのです。

 彼らに、ショパンの練習曲やバッハの『平均律クラヴィーア曲集』、モシュコフスキーの練習曲といった楽曲から抜粋したさまざまな旋律を右手で演奏してもらい、その際の手指のすべての関節の動きを「データグローブ」という装置で計測しました。この装置は手袋のようなもので、手に装着すると、各関節に取り付けられたセンサーによって、手指のすべての関節の動きを非常に高い精度で計測できます。このグローブから得られたデータを分析し、ピアノ演奏をする際の手指の使い方は何パターンくらいあるのか、それはどのような動きなのかについて調べました。

 研究の結果、一見、無数にあるように見える手指の使い方には、いくつかの基本的なパターンがあることがわかりました。つまり、ピアノを弾く際の手指の使い方には、どのような曲でも共通して見られる「ある決まったパターン」が隠されていたのです。

 ここまで、ピアニストの手指の動きについてお話ししてきました。しかし、ピアニストの運動能力が優れているのは、手指だけなのでしょうか?素早くダイナミックな演奏をするためには、指だけではなく、手首や肘、肩の動きもふんだんに使います。したがって、ピアニストの超絶技巧の背景にあるスキルを十分に理解するためには、手指だけではなく、腕の動きを調べることが不可欠です。そこで私は、関西学院大学の長田教授らと共に、13台の高速度カメラから成る「モーションキャプチャシステム」という装置を用いて、プロとアマチュアのピアニストが高速度で打鍵する際の手指と腕の動きを計測しました。モーションキャプチャというのは、最近では映画やアニメのCGなどにも使われていて、人の素早い動きを1秒間に100コマ以上の速さで正確に計測することができる装置です。

 研究の結果、テンポが速くなるにつれて、プロとアマチュアを問わず、肘を回転させる速度が速くなりました。しかし、その増え方は、アマチュアに比べてプロのピアニストのほうが大きいことがわかりました。つまり、テンポを速くするにつれて、プロのほうが大幅に肘の回転スピードを速くしていたのです。(古屋晋一著、ピアニストの脳を科学する超絶技巧のメカニズム、春秋社、一部編集、改変)

資料5:アスリートの神秘を電子技術が解き明かす

 米国カリフォルニア州サンノゼ。この街のスポーツ・グラウンドで、ある「実験」にいそしむ日本人アスリートの姿があった。2004年のアテネ五輪で金メダルに輝いた、ハンマー投げ選手の室伏広治氏である。

 室伏氏は投てき用サークルに入り、手にしたハンマーをゆっくり回転させ始めた。ハンマーの回転が加速するにつれて、近くに置いてあるスピーカーが「ブオーン」とうなりを上げる。やがてハンマーは室伏氏の手を離れ、遠くへ飛び去ったー。

 室伏氏がここで行ったのは、新しいトレーニング法の有効性を確かめる実験だ。ハンマーのワイヤ部分には、ワイヤ方向の加速度や回転方向の角速度を測るセンサが取り付けられている。センサの計測値は近くのコントローラ装置に無線伝送され、計測値に応じた音に変換されてスピーカーから流れる。室伏氏はこの音を聞き、ハンマーの回転をうまく加速できているかどうかを、投てき動作中に把握できるという仕組みだ。

 「聴覚フィードバック法」と呼ばれるこの手法は、室伏氏が慶應義塾大学の太田憲氏(大学院政策・メディア研究科特任准教授)および仰木裕嗣氏(同研究科准教授)と共同開発したもの。実は室伏氏はアスリートであると同時に、中京大学に准教授として勤務する研究者でもある。専門分野は、アスリートの動きを解析し、技能向上やけがの防止に生かす「スポーツ・バイオメカニクス(以下、バイオメカニクス)」。

 室伏氏らは自らが被験者となり、太田氏らとの共同研究に加わっているのだ。

室伏氏らの試みは、バイオメカニクスの現場で今起こりつつある変化を象徴している。エレクトロニクス技術を活用し、アスリートの動きを可視化、あるいは可聴化しようとする動きだ。

 ハンマー投げでは、選手がワイヤ方向の加速度を張力として感じる。ところが、ハンマーの飛距離を左右する回転方向の角速度は力として感じることができない。ハンマーに動きセンサを取り付けることで初めて、角速度をリアルタイムに定量化し、選手にフィードバックできるようになる。エレクトロニクス技術を使うことで、アスリートが欲しいと願う動きの情報を捉えられるようになった好例だ。

(「日経エレクトロニクス」、2012年7月23日号、「特集/スポーツ、未開の大陸/第3部<要素技術編>アスリートの神秘を」、日経BP社の許諾を得て掲載)

資料6:トレセンで医の技磨け蘇生訓練人形など20機種宮大医学部/宮崎県

 模擬臨床経験(シミュレーション)を重視した教育で学部生・研修医の腕を磨こうと、宮崎大学医学部は今年度から「臨床技術トレーニングセンター」を開設した。医療技能教育は従来、「指導医の手技を見て、自分でやってみて」といった面があり、患者側に負担を強いることも少なくなかったという。宮大医学部は「より安全性の高い医療の実現を目指す」として、シミュレーション教育の充実を図る方針だ。

 宮大医学部は25日、福利棟2階の一部を改築して開いた同センターを、報道陣に公開した。救急蘇生の訓練に使う人形や、胃カメラ・腸カメラのシミュレーターなど約20種類の機材を導入。これまで保有していた約10種と合わせて使い、費用は改築費も含めて約7千万円かかったという。

 シミュレーション教育を主に担当するのは、医学部医学教育改革推進センターの林克裕教授、小松弘幸・准教授、医学部付属病院卒後臨床研修センターの有村保次・助教の3人。学部生と研修医の教育を一貫したものにする目的もあるという。

 小松准教授によると、シミュレーション教育の長所として、患者に危険がない▽失敗が許される▽ゆっくり研修できる▽できるようになるまで繰り返せる▽訓練と臨床問題が直結している一ーなどがある。

 学部の5年生には、採血や心音聴診などの実習を人形などを使って行わせ、研修医には、それぞれの研修現場の医療機関に出る前に、基本的な医療技術や救急蘇生などを教える。さらに看護師や専門医に対する教育や、将来的には一般住民対象の救急蘇生講習会なども実施していく考えだ。

 主に肺疾患を調べる気管支鏡のシミュレーターなど最新鋭の機器もそろえており、小松准教授は「患者に接する前にシミュレーション教育をすれば安全性が高まると思う。全国トップクラスの医学教育機関を目指したい」と意欲を見せる。

 産業医大(北九州市)の舟谷文男教授(医療政策学)によると、ここ10年ほど、こうしたシミュレーション教育を採り入れる大学が次第に増えてきたという。「シミュレーション用の新しい機器が開発され、臨床と同じような経験ができるようになった。今後、医学教育の現場ではシミュレーションがさらに重視されていくだろう」と話す。

(朝日新聞宮崎県版2009年5月26日朝刊、一部編集、改変)

資料7:熟達者の実践知の方法を調べる

 熟達者になるにはどうしたらよいか、どのように指導したらよいかを知るためには、実践知を測定することによって、熟達化のレベルを知ることが必要である。

(1)行動観察法

 行動観察法は、仕事場での自然な状況での行動観察であり、フィールドワークともいう。観察だけでなく、録画・録音資料、対話録などの関連資料を収集し、分析することも含む。ここには、民族誌的方法(ethnography)を用いる広義の参加観察法も含まれる。実践知を解明するためには、観察によって、人、場所、活動、道具、施設、手続きの関係や、それらの文脈や時間による変化を明らかにすることが重要である。とくに仕事場というコミュニティにおいて働く人同士の相互作用に焦点を当てて分析することもある。しかし、実践知の中で大きな部分を占める暗黙知は、観察しにくいため評価が難しい。観察は、潜在的な能力や知識の評価ではなく、目に見える顕在的な行動を評定するものだからである。

(2)インタビュー法

 インタビュー法は、卓越した熟達者に対して、質問の仕方などを工夫した回想的インタビュー(retrospectiveinterview)や深層インタビュー(in-depthinterview)によって、暗黙の実践知とその獲得過程を過去にさかのぼつて明らかにする方法である。具体的な方法としては、その領域の熟達者に、初心者から現在の熟達に至るまでの教育や訓練のプロセスを振り返ってもらい、出来事と重要な行動とそこから得られた教訓に関する聞き取りをするクリティカルインシデント(criticalincident)法がある。ここで日記や過去の記録を参照してもらうこともある。

(3)質問紙法

 質問紙法は、知識や能力を客観的に測定するための重要な方法である。質問紙法には、実践知を支える知能や性格を測る標準化された心理テストや、実践知に関わる知識、態度や行動を測るために構成された質問紙がある。回答方式には、筆答式の多肢選択式のものや記述式のものがある。中でも、仕事の場における典型的なケースをあげて問題解決を求める質問紙法は、テスト場面という擬似的状況における回答という行動観察を行うことに相当する。質問紙法は、行動観察法に比べて、小さな時間的コストで、多くの人数のデータを収集でき、結果を計量的に検討できる利点がある。しかし、実践知の中で大きな部分を占める暗黙知は、言語化しにくいため、質問紙として取り上げることのできる実践知は限られている。

(4)シミュレーション法

 シミュレーション法は、架空の状況で判断を求める方法である。現実場面と類似した状況を想定してもらい、決められた時間内での反応(行動、応答、判断、評定、レポート作成など)を求める。シミュレーション法の一つであるケース研究シナリオでは、状況を記述したシナリオ(要約、詳細な記述、およびメモ、eメール、レポートなどの関連資料)を与えられたうえで、判断を行う。この方法は、質問紙法よりも現実に近い複雑な問題解決における暗黙知を明らかにできる。しかし、熟達者のインタビューからシナリオを構成するという材料の構成、実施、採点において、多くの時間がかかり、採点が主観的になるという問題点がある。

(5)実験法

 実験法は、実験室において、実践知に関わる代表的な実験課題、シミュレーション課題(たとえば、操縦士に対するコックピットに似せた仮想環境など)を設定し、そのうえで、熟達者と初心者のパフォーマンス、(知覚、選択、運動制御などの)スキルの獲得とその長期的な記憶保持、類似課題の学習の促進(転移)を測定する方法である。実験法の利点は、十分に統制された状況において、熟達者のパフォーマンスを支えている知覚や記憶などの認知的基盤と言語化しにくい暗黙知とそれらの変化を客観的に測定し、情報処理過程としてモデル化ができる点と、脳画像装置を用いることによって脳神経科学的な研究にも結びつけられる点である。

(金井需宏、楠見孝編、実践知ーエキスパートの知性、有斐閣、一部編集、改変)

資料8:未来創造塾とは

 慶應義塾はその創立時、西洋の学問を積極的に導入し、幕末の閉塞状況を大きく転換させました。当時に匹敵する大転換の時代である今日、慶應義塾は独立自尊の学塾として、再び大きな役割を担う所存です。地球規模で問題を認識し、解決する能力を有する人材の育成が急務です。大胆に、かつ着実に、新たな取り組みを進めていかなければなりません。今回、我々は、慶應義塾全体がかかわる「滞在型教育」の推進を提案します。すでに慶應義塾創立150年記念事業の一環として、湘南藤沢キャンパス(SFC)隣接地に2ヘクタールの敷地を確保しました。その敷地に「未来創造塾」を建設し、く内外から集まる志ある若者が泊まり込みで知の基礎体力を集中的に身につけるためのカリキュラム〉、およびく短期留学生が常に数百名滞在しているキャンパス〉を実現します。未来創造塾はSFCに設置しますが、義塾全体の学生と教員に広く開放します。さらには、慶應義塾に所属すると否とを問わず、地球規模での活躍を志す国内外のすべての若者に開放します。つまり、SFC中・高の生徒をはじめ塾内一貫校の生徒や他大学の学生にも門戸を開き、グローバル人材育成に向けてさまざまなイニシアティブを展開できるようにしていく計画なのです。この構想は、適塾に始まる慶應義塾の原点への回帰でもあります。かつての適塾や初期の義塾と同様、未来創造塾の学生たちは入学初期に仲間と寝食を共にしながら、グローバル社会で生きていくために必須の素養を集中的に身につけ、その上で、自由な学術のさまざまな専門分野へと羽ばたいて行くことでしよう。しかし、現状では満足するわけにはいきません、未来創造塾の創設は、将来を見据え、全塾規模で新たな時代を拓いていくための大きなステップです。

 未来創造塾にはまた、く世界の研究者が集って地球規模の問題の解決をめざす研究施設〉も設けます。「トランクひとつで数か月滞在できる」施設に、世界中から有為の研究者が訪れ、滞在しながら地球規模での研究を推進するようになるでしよう。そうした知的環境を整えてこそ、真のグローバル人材の育成が可能になると考えているのです。施設の建設を待つことなく、SFCでは現在、新しいカリキュラムの編成や研究センターの組織化などを進めています。2011年9月からは、慶應義塾の歴史上初めて、日本語能力を必要要件とせずに入学した学生を迎え入れ、多言語環境における教育も推進しています。これらの先駆的取組みを結実させ、さらに、本格的に展開するためには、滞在型教育・研究施設を用意することが不可欠です。(慶應義塾内部資料より抜粋)

資料9:毒のない議論/塾生の勉強

 いったい塾生の乱暴というものは、これまで申したとおりであるが、その塾生同士相互いの間がらというものは、いたって仲のよいもので、けっして争いなどをしたことはない。もちろん議論はする。いろいろのことについて互に論じ合うということはあっても、けっしてけんかをするようなことは絶えてないことで、ことにわたしは性質として朋友と本気になって争うたことはない。たとい議論をすればとて、おもしろい議論のみをして、たとえば赤穂義士の問題が出て、義士は果して義士なるか不義士なるかと議論が始まる。スルトわたしはどちらでもよろしい。義不義、口の先で自由自在、君が義士と言えば、僕は不義士にする。君が不義士と言えば僕は義士にしてみせよう、サア来い、幾度来ても苦しくないといって、敵になり味方になり、さんざん論じて勝ったり負けたりするのがおもしろいというくらいな、毒のない議論は毎度大声でやっていたが、ほんとうに顔をあからめて、どうあっても是非を分かってしまわなければならぬという実のいった議論をしたことは、けっしてない。

 およそこういうふうで、外に出てもまた内にいても、乱暴もすれば議論もする。ソレゆえちよいと一目見たところでは、一いままでの話だけを聞いたところでは、いかにも学問どころのことではなく、ただワイワイしていたのかを人が思うでありましようが、そこの一段にいたっては、けっしてそうではない。学問勉強ということになっては、当時、世の中に緒方塾生の右に出る者はなかろうと思われるその一例を申せば、わたしが安政三年の三月熱病を煩うて幸いに全快に及んだが、病中はくくりまくらで、ざぶとんかなにかをくくってまくらにしていたが、おいおい元のからだに回復してきたところで、ただのまくらをしてみたいと思い、そのときにわたしは中津の倉屋敷に兄と同居していたので、兄の家来がひとりあるその家来に、ただのまくらをしてみたいからまくらを持ってこいと言つたが、まくらがない、どんなに捜してもないというので、ふと思いついた。これまでに倉屋敷に一年ばかりいたが、ついぞまくらをしたことがない。というのは、時はなんどきでもかまわぬ、ほとんど昼夜の区別はない、日が暮れたからといって寝ようとも思わず、しきりに書を読んでいる。読書にくたびれ眠くなってくれば、机の上に突っ伏して眠るかあるいは床の間の床側をまくらにして眠るか、ついぞほんとうにふとんを敷いて夜具を掛けてまくらをして寝るなどということは、ただの一度もしたことがない。そのときに初めて自分で気がついて「なるほど、まくらはないはずだ、これまでまくらをして寝たことはなかったから」と初めて気がつきました。これでもたいてい趣がわかりましよう。これはわたしひとりが別段に勉強生でもなんでもない、同窓生はたいてい皆そんなもので、およそ勉強ということについては実にこの上にしようはないというほどに勉強していました。

(福澤諭吉著、福翁自伝、慶應義塾大学出版会、一部抜粋)

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