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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 文学部 小論文 2007年 過去問

2007年 慶應義塾大学 文学部 小論文 課題文

一九四八年七月、イスラエル軍に占領されたパレスチナ人の街リッダでは、住民一万人以上が追放された。炎天下、ヨ ルダン領となった西岸を目指して歩く人々。体力のない子どもたちが次々に倒れ、道には子どもたちの無数の遺体が残さ れたという。乾きを癒そうとする人々が井戸に殺到し、内臓を踏みつけられて死んだ子ども、井戸に落ちておぼれ死んだ 子どももいた。私たちは、その子らのことを知らないー 一五年にわたる内戦から解放されて一六年、かつて「中東のパリ」と謳われた面影を少しずつ取り戻しつつあったベイ ルートの街は今、イスラエルの猛爆により再び、瓦磯と化そうとしている。死者・行方不明者はすでに千人を越えた。か つてサルトルは、アフリカで子どもが飢えているとき文学に何ができるかと問うたが、では、イスラエルの空爆下で今、 レバノンの人々が殺されているとき、文学にいったい何ができるのか? 詩人の黒田喜夫はひもじさを忘れるために文学作品を貧り読んだという。だから彼は、文学をめぐるサルトルの問いを知ったとき、サルトルがなぜそう問うのか理解できなかった。黒田にとって答えはあまりに明白だったからだ。

文学とは飢えた者のためにこそある。 この逸話はサルトルの問いに乃学まれたある種のエスノセントリズム(注1)ーないしはオリエンタリズム(注2)ーを 明らかにしてくれる。その問いが無条件に前提としているのはーそしてその前提は、この問いを契機に開催されたシ ンポジウムに参加した文学者らによっても共有されていたー、文学作品を享受するのは「われわれ」であって、決し て「彼ら」ではないということ。「彼ら」は、その飢餓の現実が作品で描かれ、「われわれ」による救済の対象となること はあっても(それゆえに文学は無力ではないとする応答もあった)、「彼ら」もまた文学の享受者となること、言いかえれ ば、彼ら自身にとって文学がいかなる意味をもつかは、そこではまったく問われてはいなかったように思う。 文学作品、とりわけ小説を著すことが平時にのみ可能な特権的営みであることは否めないとしても、非常事態を生きる 者たちにとって必要なのはあくまでも空腹を満たすパン、あるいはつつがなく生きる平和であって文学などではないと、 もし考えるとしたら、文学とは平時を生きる者のみに意味あるもの、彼らだけが堪能することを許された奮修品というこ とになりはしまいか。だからこそ、アフリカで子どもが飢えているときに文学に何ができるかという問いは、おそらくサ ルトル自身の思いとは別の意味で、文学の本質にかかわる問いなのであり、だからこそ、。包囲されたサラエヴォで「『ゴ ドーを待ちながら』(注3)を上演することは紛れもなく、その問いに対する一つの、根源的な応答にほかならなかった。 二○○二年四月、イスラエル軍の大侵攻に見舞われたヨルダン川西岸地区、ベツレヘムの街は依然、重度の外出禁止令 が敷かれ、人々は何週間にもわたり自宅で囚人と化していた。訪問したあるお宅で一○代半ばの娘さんが語った言葉 ー来る日も来る日も家に閉じ込められて、気が変になりそうです。本を読んだりして、なんとか気を紛らわしていま す:。バルコニーに出ただけでイスラエルの狙撃兵に頭を撃ち抜かれる。日常それ自体が狂気と化した情況のなかで、 だからこそ、本を読むことが希求されていた。いつにも増して、何にも増して切実に、生き延びるために(果たして私は これまで、そのときの彼女ほど切実に、本を読んだことがあるだろうか:)。人間にとって文学が真に生きる糧となる のは、平時を平時として生きる者たちにおいてなのではなく、私たちにとっての例外的情況を日常として生きるこれらの者たちにおいてなのではないか。 イスラエル軍侵攻下のガザを舞台にした、ヨルダン在住のパレスチナ人作家イプラーヒーム・ナスラッラーの小説『ア ーミナの縁結び』が描くのもまさしくそのことだ。肉親が、友人が、隣人が、毎日のように殺されていくなかで、アーミ ナは愛する者たちの縁結びに奔走する。アーミナの縁談に困惑する隣人の娘。アーミナは言う、「今は結婚式などしてい る場合じゃないと言いたいのでしょう、でも、いったいいつまで待てばいいの? 今だからこそ、私たちは結婚して、子 どもを創らなくちゃいけないのよ。」だが、娘が困惑するのは、アーミナが競わせようとしている自分の姉もアーミナの 息子もすでに殺され、この世にはいないからだ。愛する者を次々に奪われてゆくという暴力のなかでアーミナはいつしか 精神に失調をきたしており、彼女が夢想する縁結びー死者たちのそれーは、狂気ゆえのことであることが作品を読 み進むうちに明らかになる。大切な人々が、彼らの命など何の価値もないかのように、狙撃兵の銃弾一つで命を奪われてゆく。そんな非常事態のさ なかに縁結びという営みはー小説を読むことと同様にー、一見、はなはだ場違いに見える。しかし、だからこそ彼 女は、彼ら一人ひとりが暴力的に奪われた人間としての幸せな未来を夢想してやまない。それは、人間性を一顧だにされ ず殺されていった者たちに、人間としての尊厳を回復する営みであり、まさにこの点においてアーミナの「縁結び」とは 「文学」の請い(注4)、カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』において「ヘールシャム」(注5)の教師たちが、あら かじめ人間らしく生きることを禁じられた子どもたちに与えようとしたものの請いにほかならない。人間らしく生きるこ とを否定されているからこそ、アーミナの愛する者たちは「縁結び」を必要とし、私たちにとっての例外的情況を日常と して生きる者たちは、それゆえにこそ、ほかの誰にも増して文学を必要としているのだ。アーミナが生きているかぎり、 彼女の狂気を帯びた縁結びへの情熱は、その死を誰にも記憶されることなく死んでいった者たちの人間としての尊厳を担保し続けるのである。「あー皆の縁結び」も「ヘールシャム」も、アウシュビッツ、そしてヒロシマへの応答でもある。

だからこそ、今、レバノンで人々がイスラエルの猛爆にさらされているとき、文学に何ができるのかという問いは、中 東研究者やアラブ文学研究者だけではない、およそ文学にかかわる者すべてに問われていることなのだと思う。文学こそ が、ヨルダンへの途上、井戸に落ちて死んだ名も知れない難民の子どもが、井戸の底から最期に日にした七月の空の青さを語るだろう。「コラテラル・ダメージ(やむを得ない犠牲)」の一言で人間の死が正当化されるなかで、文学とはまさしく「戦争」の対義語なのである。

(岡真理「「戦争」の対義語としての文学」)

出题者注 (注1) エスノセントリズム自民族中心主義。 (注2) オリエンタリズム オリエントに後進的イメージを押しつける西洋の自己中心的な思考様式。 (注3) 『ゴドーを待ちながら』サミュエル・ベケットの戯曲。 (注4) 請い意味するもの。意味すること。 (注5)「ヘールシャム」:カズオ・イシグロの小説『わたしを離さないで』の舞台となる、子どもたちのための施設の名前。

 

設問1  筆者は、「包囲されたサラエヴォで『ゴドーを待ちながら』を上演すること」をサルトルの「アフリカで子ども が飢えているときに文学に何ができるか」という問いに対する「一つの、根源的な応答にほかならなかった」と考えている(傍線部①)。それはどのような理由によるのか、一八〇字以上二〇〇字以内で説明しなさい。

設問2  第二次世界大戦時にみずからのユダヤ的出自のゆえに亡命を余儀なくされたドイツ人哲学者テオドール・アドルノは、みずからの体験と多くのユダヤ人を襲ったはるかに苛酷な運命をふまえて、「アウシュヴィッツの後で詩を書くことは野蛮である」と述べた。これとは対照的に、筆者は「「アーミナの縁結び」も「ヘールシャム」も、アウシュヴィッツ、そしてヒロシマへの応答でもある」(傍線部②)と述べている。両者をふまえて、文学は「「戦争」の対義語」 たりうるかについて、四八〇字以上五二〇字以内であなたの考えを述べなさい。

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