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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 文学部 小論文 1994年 過去問

1994年 慶應義塾大学 文学部 小論文 課題文

次の【A】【B]二つの文章を読んで、以下の問 1、問Hのそれぞれについて答えなさい。

 

(問I) 【B】の文章においてダークスンは、機械仕掛け のカブトムシに対する態度を変化させている。この変 化は【A】の文章の著者の立場からみるとどのように説 明できるか、三○○字以内で述べなさい。

(問Ⅱ) 【A】の文章の著者の「心」に関する主張につい て、どのように考えるか、四○○字以内で述べなさい。 注意下書きは八ページ以下の下書き欄を使用し、解 答は必ず解答用紙に書くこと。

 

問題文【A】

機械と心とは、昔から相対立する二つの原理を表して きた。日常的にも「機械的なやり方」といえば、ほとんど「心ないやり方」と同じものとされている。デカルト は、量の論理のみに従う「延長」の世界と、情念を持つ ことのできる「精神」の世界とを対比させ、「精神」を持 つ「心」と「延長」のみを持つ「物質」の一つの互いに 相交わらない二つの存在を想定した。そうして「機械」 は、いかに精巧に作られていても「心」を持たないので 「物質」の世界に属するものであるとし、そうして人間 以外の動物も「機械」にほかならないものとみなした。 このようなデカルトの物心二元論は「精神」の世界を神 に帰属させることにより、「延長」の世界を説明する科学 と、伝統的なキリスト教神学とを両立させる試みであっ たといえる。しかしそれは近代の自然科学に大きな影響 を与え、「心」という「主観」の世界を「物質」という「客 観」の世界から切り離して、自然科学は後者にのみ専念 することにより、大いに発展したのであった。直接「心」 を対象とする「哲学」や「倫理学」「内観的心理学」は「科 学」の外におかれることとなった。このようなヨーロッパの近代思想の伝統からすれば 「機械は心を持ち得るか」というようなことは、問題にすること自体無意味であると思われるかも知れない。

しかしますます精巧なロボットが作られるようになっ てきた現在、将来において「心」を持つといえるような ロボット、つまり一つの機械を作ることは絶対に不可能 であるかと問うことは、SFの世界に迷いこむことだと 言い切ることもできないのではないだろうか。

この問いに対する答えは、実は「心とは何か」という ことにかかっている。実は、これ自身きわめて難しい問 題である。この問いに対しては二つの答え方がある。 つは「心の本質は何か」ということであり、もう一つは 「心の働きは何か」ということである。前者は本質ない し存在に関するものであり、後者は機能あるいは作用に かかわるものである。

人に「あなたは心とは何であるか知っているか」と問 えば、「知らない」と答える人はいないであろう。初論「心 とは何であるか」を明確に説明できる人は少ないかも知 れないが、「心とは何であるか」、少なくとも「自分の心 とは何であるか」を感じているとは言えるであろう。デ カルトは「我思う、故に我あり」と言ったが、「思う」(COGITO)ものがつまり心にほかならない。そうする と、「心」とはまず「主観的な意識である」あるいは「意 識しているという意識である」と言うことができよう。

そこで「機械は心を持つか」という問いは、「機械に意 識があるか」ということに帰着することになる。初論こ れについてはほとんどすべての人が、が意識を持つ とは思わない、というであろう。確かに機械は心を持つ ようには「見えない」、つまり「心を持つもののようには 行動しない」といえるであろう。しかし、上に述べたよ うに「心」の「本質ないし存在」と「心」の「機能・作 用」とは区別しなければならないとすれば、機械が心を 持つような動きをしないというだけでは、機械が心を持 たないということをいうのに、必ずしも十分でないであ ろう。裏返しにいえば、機械が「心を持つもの」と同じ ように行動するようになったら、「機械は心を持つ」とい えるだろうかということになる。実際、キーボードを通 じて「会話」をするとき、コンピュータが相手であるの と、人間が相手であるのと区別できなくなることがある という。こういう場合にコンピュータは「心を持っている」といえるだろうか。あるいはコンピュータと「心を 通じ合える」といってよいであろうか。多くの人は、も しそのように感じたとしても、それは「錯覚」であって、 コンピュータは心を持っているはずはないというであろ う。私もそう思うけれども、それでは人間どうしなら「心 を通じ合う」というのは本当なのだろうか。それも「錯 覚」にすぎないといえないだろうか。

少なくとも当分の間は「機械は心を持たない」という 「仮説」は十分合理的だと思われるが、しかしたとえば かりに「宇宙人」が存在したとき、われわれは「宇宙人 も心を持っている」ということを当り前のこととしてし まいがちであるが、どうしてわれわれはそのことを知る ことができるのだろうか。「宇宙人」が心を持つとしても 「宇宙人」の作った「機械」は心を持たないだろうか。 もし「宇宙人」が作った「機械」が「宇宙人」と外見や 行動からは区別できないものであったら、それでも「宇 宙人」は「心」を持たないといえるのだろうか。そうす ると「宇宙人」と「機械」の区別はあいまいにならざる を得ないのではなかろうか。

このように考えると、「機械は心を持たない」あるいは 「機械は意識を持たない」ということは、合理的な仮説 であっても、それ以上の真理であるとは考えない方がよ さそうである。

「機械が心を持つか」という問いに対するもう一つの 答え方は、「心」の機能あるいは作用にかかわるものであ る。

「機械が心を持つか」という問いに機能の面から答え るには、機械の働きと心の機能の間には本質的な違いがあるといえるかどうかを考えなければならない。「情報」という概念を使うとすれば、「心」の機能は情報を獲得し、そ れを処理し、そしてそれを具体的な行動に結びつけるこ とにあると考えることができる。そうして現在では、機 械もこれらの機能をはたすことができるようになってい るのである。だから人間と機械の差は、情報に関して何 ができるかできないかではなく、その作用の様式にどの ような差があるかに求められなければならない。

ここで、機械はあらかじめ与えられたプログラムの通 りにしか動き得ないが、人間の心はそうではなく、人間は自発的・創造的に行動できるということで、単純に答 えを与えることはできない。人間の心も遺伝子情報によ ってプログラムされた通りに動いているだけかも知れな いのである。ただ機械のプログラムは人間が作ったもの であるから、人間はそれを知っており、人間の心のプロ グラムは知られていないから、人間の心の動きが自発的 なように思われるだけであるかも知れないのである。実 際、コンピュータでもプログラムを知らずにその動きだ けを見ていると、自発的、創造的に動いているように見 えることは、やや高級なコンピュータゲームをやったこ とのある人ならば、経験によって知っていることであろ う。

機械の「情報処理」と、人間の「心」の動きとの最も 大きな差は、機械は「論理」にのみ従うのに対して、人 間の心は「直観」や「情念」や「価値判断」を行うとい うことである。しかし心が「直観」や「情念」を持つと いうことは、心の働きが不合理であるとか矛盾している とかいうことを意味するものではない。問題は、人間の 心の、これらの機能が合理性や法則性を持たないということではなく、その法則性が知られていないということ にある。「機械が心を持つことができるか」ということ は、実はこれらの法則性を見いだして、「心と同じ機能を 持つ機械を作ることができるか」という問題であるとい える。

「機械と心」について論じることは、結局は人間の心 について考えることに帰着する。そうして「心を持つよ うな機械」を作ろうとする試みは、成功する望みがない としても、それについて真剣に考えることは少なくとも 「心とは何か」の理解を進める上で有益である。

問題文【B】

機械に心はあり得ないと考えるダークスン に対して、ハントは機械仕掛のカプトムシを 使って一つの実験を試みた。

このカブトムシはセンサーにより電気コン セントを探して充電したり、金属に反応した りできるように作られている。

ハントに続いて彼女も地下の実験室に入った。彼はい くつもあるキャビネットの一つを開け、何かを取り出し た。それは、大きなアルミ製のカプトムシのように見え た。そのなめらかな表面には、色のついた小さな表示灯 と機械のような突起が少しあった。ハントはこれを裏返 して、底に三つのゴム製の車輪がついているのをダーク スンに示した。平らな金属製の底板にはMARK H BEAST (動物マークⅢ)という文字が刻まれていた。

ハントはこの装置をタイル張りの床におき、同時にそ の裏側にある小さなスイッチをいれた。静かなうなり声 をたててこのオモチャは床の上を前や後ろに何かを探す ような動きを始めた。一瞬停止すると、大きなキャビネ ットの下の方にある電気コンセントの方へと進んだ。そ の差し込み口の前で停止し、金属製の体の開口部から一 本の差し込みを伸ばし、探るようにして電源に差し込ん だ。体についているいくつかのランプが緑色に輝きだし、 ネコがゴロゴロと喉を鳴らすような音が体内から発せら れた。

ダークスンはこの装置を興味深げに見守っていた。「機械仕掛の動物ね。かわいいわ。でも、これがどうしたっ て言うの」

ハントは近くにある椅子の上のハンマーに手を伸ばし、 彼女に差し出した。「こいつを君に殺して欲しいんだけ ど」 「何を言っているの」ダークスンは、すこし驚いた様子 で言った。「機械なのに殺せなんて言わないでよ。それに どうして私が殺さなきゃならないの。この:この機械 を」彼女は後ずさりして武器を受け取るまいとした。 「単なる実験だよ」とハントは答えた。「僕自身、何年か 前にやってみたんだ。とてもためになったよ」 「何がわかったの」 「生と死の意味について、ちょっとね」 ダークスンは疑わしげにハントをみつめていた。 「この〈動物〉は身を守るために刃向かったりはしない んだ」と彼は彼女に保証した。「だけど、追いまわすあま り、何かにぶつかったりしないように注意してね」彼は ハンマーを手渡した。

彼女はおずおずと進み出て武器を取り、充電しながらゴロゴロと低い音をたてているこの奇妙な機械を横目で みた。それからこの機械の方へ歩み出て、かがみ込み、 ハンマーを振りあげた。「でも:食べてるわ」と言って ハントの方を振り向いた。

彼は笑っただけだった。ムッとして彼女はハンマーを 両手でつかみ、振り上げ、強く振り下ろした。

しかし恐怖の叫び声のような鋭い音をたてて、この動 物はくちばしを差し込み口から引っこめ、サッと後退し た。ハンマーはしたたかに床を打った。そこはその機械 の体で隠れていたタイルの継ぎ目だった。そしてそのタ イルはあちこちがへこんで、あばたになっていた。

ダークスンは顔を上げた。ハントは笑っていた。その 機械は二メートルほど動いて停止し、彼女をじっと見つ めていた。いいえ、見つめているんじゃないと彼女はあ らためて思い直した。そんな自分にいらだって、ダーク スンは武器を握りしめ、用心深くそろそろと進んだ。す ると機械の方は後ろへ下がり、頭部の二つの赤ランプが 脳波の &波に近い周期で交互に明暗を繰り返した。ダー クスンは突進し、ハンマーを振り回した。が、取り逃がした・・・・・。

十分後、彼女は顔を真っ赤にし、あえぎながらハント のところに戻ってきた。彼女は室内の装置の出っばりに ぶつけて体中のあちこちに痛みを覚えていた。頭も作業 台の下でぶっつけて、ズキズキしていた。「大きなネズミ を捕らえようとしているみたい。一体いつになったらそ のいまいましい電池は切れるの?」

ハントは腕時計を見た。「君に追い回されていればあと 三十分だと思う」彼は作業台の下を指さした。かの動物 はもう一つの電気コンセントを見つけていた。「でも、こ いつをやっつけるにはもっと簡単なやり方があるんだ」 「じゃ、それをやってみるわ」 「ハンマーを置いて、そいつをつかみ上げるのさ」 「え、つかみ上げるだけ?」 「そうさ。こいつは自分と同種のものからの危険だけし かわからないんだ。この場合、鋼鉄製のハンマーだよ。 こいつは武器を持っていない原形質を信用するようにプ ログラムされているんだ」

彼女はハンマーを椅子の上に置き、ゆっくりとこの機械の方へ歩み寄った。機械は動かなかった。ゴロゴロと いう音は止まっていた。淡い競追色のランプがやわらか く光っていた。ダークスンは手を伸ばし、おそるおそる それに触れると、かすかな振動が感じられた。彼女はそ れを両手で慎重につかみ上げた。ランプは鮮やかな緑に 変わった。そしてその金属の肌の心地良いぬくもりを通 して、モーターのなめらかな音が感じとれた。 「こんどはどうすればいいの」とせかすように彼女は尋 ねた。 「ああ、作業台の上に彼を仰向けに置いて。その姿勢だ と彼はまったく無力だから、君の思うがままにぶんなぐ ることができるよ」 「そんな擬人的な言い方しなくてもわかるわよ」ダーク スンはぶつぶつ言いながらもハントの指示に従い、最後 までやり通すことに決めた。

彼女がひっくり返して置くと、機械のランプは再び赤 に戻った。車輪が少し回転して止まった。もう一度ハン マーをつかむと、ダークスンは素早く振り上げ、振り下 ろした。ハンマーはなめらかな弧を描いて、この無力となった機械の中心から少しはずれたところを打ち砕いた。 その一撃で車輪のひとつは壊れ、機械はひっくり返って、 再び元の姿勢にもどった。壊れた車輪から金属をひっか くような音がして、この動物は発作を起こしたように円 を描いて回転し始めた。パチンという音がその体の下側 から聞こえた。機械は停止し、ランプは悲しげに光っていた。

ダークスンは唇を堅く結んで、最後の一撃を加えるた めにハンマーをもち上げた。しかし、それを振り下ろそ うとした時、その動物の体内から赤ん坊がすすり泣くよ うな調子の悲しげな声が聞こえてきた。ダークスンはハ ンマーを手放すと後ずさりした。彼女の目はテープルに 置かれた動物の体の下に、血のように真っ赤な潤滑液が たまっているのを見ていた。彼女はおびえた様子でハン トを見た。「これは…これは…」「ただの機械さ」とハントは今度は真面目な顔で言った。 「ここにある進化史上の先祖たちと同様にね」彼は手を ぐるぐるとまわして、作業室で彼らを取り囲んでいる機 械装置群を示した。これらは静まり返り、威嚇しながら監視しているようだった。「しかしこれらの装置とは違っ て、その機械は自分の運命を感知し、助けを求めて叫ぶ ことができるんだ」 「スイッチを切って」彼女はきっばりと言った。

ハントはテープルに歩み寄り、機械についている小さ なスイッチを動かそうとした。「君が壊してしまったみた いだ」床に転がっていたハンマーを彼はつかみ上げた。 「とどめの一撃は君がやるかい 彼女は後ずさりし、ハントがハンマーを振り上げると 首を振った。「ねえ、治せないの」ガチャンと金属的な音 がした。彼女はたじろいで顔をそむけた。泣き声は止ん でいた。そして彼らは沈黙したままもと来た階段を戻っていった。

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