[responsivevoice_button voice="UK English Female" buttontext="Listen to Post"]

年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 経済学部 小論文 2012年 過去問

2012年 慶應義塾大学 経済学部 小論文 課題文

 

次の課題文は、雪の研究で知られる中谷宇吉郎(1900~1962年)が書いた随筆の一部で、ある学校の生徒たちが行った2つの共同研究のうち、「籍柱の研究」に関するものである。これを読んで設問A、Bに答えなさい。解答は解答用紙の所定の欄に横書きで記入しなさい。

[課題文]

 初めの霜柱(注)の研究というのを何気なく四、五頁読んで行くうちに、私はこれはひょっとしたら大変なものかも知れないという気がしたのでゆっくり注意しながら先へ読み進んで行った。それというのは、この研究者たちは普通私たちが毎日読み馴れている専門の物理の論文とはちょっと型の変った行き方をしているのであった。いわば素人の研究であって、しかも私がはっという気がしたのは、その素人の研究が、純粋な興味と直観的な推理とで如何にも造作ないという風に一歩一歩と先へ進んで行っていることであった。私は前から物理的の研究方法というものは、物理学の既知の知識とはまた別のもので、沢山の本や論文の中に累積している今までの物理学上の知識というものを余り良く知らなくても、或る場合には、立派な物理的の研究が出来得るものだろうという気持を持っていたのである。ところがこの需柱の研究を読んでみると、その最も良い例がこれであると断言して良いと思われて来たのである。これは誠にそういう意味で、広く天下に紹介すべき貴重な文献であるということが、読み終って確信されたのである。

 初めに籍柱の水分が空気中の水蒸気から来たものか土中の水が凍って伸び出るものかという疑問を出し、霜柱の発達の途中で印をつけて置くと、その印が伸び上ることから土中の水が凍ってのび出るものだということを確めたのもちょっと面白い。もっともこのことは既に分っていることであるが、そんなことにはちっとも御かまいなしにさっさと実験を進めて行くところが面白いのである。次にそれでは土の表面からどれ位の深さまでにある水が霜柱になるかという問題は、色々の深さのブリキ缶を埋めてその中に籍柱を立たせることによって簡単に解決している。これは疑問の出し方も良く、実験の方法もよい。その次には需柱の成長速度と土中の水分との関係を調べてあるが、驚いたことにはその実験は箱根価石原で行ったという記載がある。気温は多分零下十度位と思われるが、その寒さの中で徹夜して一時間置きに測定をしてあるところを見ると、この研究にとりかかられた娘さんたちの勇気には、大いに敬服した。もっとも若い人々が沢山集って案外皆が面白がって無邪気に喜んでされた測定かも知れないが、その無邪気なそして純粋な興味が尊いのであって、良い科学的の研究をするにはそのような気持が一番大切なのである。良い研究は苦虫を噛み潰したような顔をしているか、妙に深刻な表情をしていなければ出来ぬと思う人があったら、それは大変な間違いである。

 その次には籍柱の成長に最適の状態とは何であるかという問題についての考察がある。そしてそれには土中の水分が多いことと、気温の低いことと、地中の温度が出来るだけ高いこととが必要であろうという考えで実験を進めてある。この実験は充分ではないが、しかしそれに余りとらわれずに先に進んでいるところも、如何にもこの人たちの自由な気持が見えて、私には面白かった。そして次に色々な形をした霜柱の記載に移っているのであるが、この中で、胡麻油の少量を湿った土によく交ぜ、それを缶に軽く詰めて置いたら、翌朝は妙なかびのような形の霜柱が立ったという記載は非常に面白かった。これはもっと力を入れて続けてやられたら面白い結果が出るだろうと思う。今後この研究を続けてやられる方々があったら、この現象も詳しく調べられることを御すすめしたい。これは重大な発見の一つの手がかりになるかも知れない。

 何でも予期せぬ不思議な現象に当ったら、それを逃さぬようにすることが研究の内容を豊富にする一つのこつであるということは、物論いうまでもないことであるが、よく心得ているべきことである。なるたけ沢山にそのような奇妙な現象にぶっつかるには、この研究者たちのやられたように、何か思い付いたことがあったら、磁勘がらずに「ちょっとやって見る」ということが大切である。思い付きというものは、一度手をつけて置けば忘れないが、そのままにして置くと、どんどん忘れてしまうものである。

 以上が需柱の研究の第一期の仕事であるが、これだけでも充分発表の価値はあると私には思われる。ところがこの研究はその第二期において素晴らしい進歩をしている。

 その研究は実験室内で人工の需柱を作るという方向に向いて来たのであるが、第一期の仕事であれだけよく籍柱の観察がされているのであるから、これは誠に研究の大道にのったやり方である。すべてこのような自然現象は出来るならばそれを人工的に作って見るのが一番良い研究の方法であって、一度実験室内で作ることに成功しさえすれば、後は色々条件を変えてその影響を見て行けば、少しも無理をしなくても容易に事柄が分って行くものである。或る工学者が水道鉄管の腐籠の現象を研究されているが、その人の話でも、実験室内で腐触を起さすまでは大変な苦労であったが、それに成功したら後はすらすらと研究が運んだという話を聞いたことがある。一般に自然には到る所にある現象も、それを実験室内で作るとなると妙に難しいのが通例である。それで霜柱を人工で作るということも、なかなか容易しいことではないと思われる。ところがこの研究者たちは実に何でもないという風に作っているのである。

 木箱の底に土を入れて、上にドライアイスを入れた箱を置いて見たら立派に籍信柱が立ったのである。余り手際が良いので実は少々驚いた位である。もっともこの装置ではまだ本当にいったら少し自然の場合と条件が異るので、不充分ともいえるのであるが、この装置でも或る程度まで霜柱の本性を研究するには充分であって、しかもこの研究者たちは、この装置で出来る範囲内で、一番肝心なことを次ぎ次ぎとすらすらやって行っている。この少しも妙にこだわらぬ点が、私にはまた非常に面白く思われた。

 先ず霜柱は土にしか立たないものか、他の適当な粉に適当に水分を含ませたらそれでも出来るかペンガラを見るために、紅殻(注)の粉、満粉類、ガラスを砕いた粉などを用いて実験がしてある。そして土以外のこれらの粉では需柱が出来ず、粉全体が凍ってしまうということを認めている。次に土といっても砂や粘土ではやはり籍柱は出来ず、関東平野にある赤土に限っているということを確め。いよいよこの研究の最後のそして最も重大な問題であるところの、赤土に限って何故霜柱が出来るかという問題にとりかかっている。誠に堂々としたものである。

 赤土の特性として、その粒子の吸着水の問題をとりあげているが、アドソルビン(注)のように吸着性の強いものでも需柱は出来ぬからそのせいだけではないことを確め、次に赤土の中に含有されている有機物のためかも知れぬという疑問を出し、それでもないという結論を得ている。その実験は赤土を八百度の高温で三時間約熟して有機物を焼きとばしてしまい、残りをよく指り演して作った土でも需柱は出来るというのである。結局問題は赤土の性質そのものに帰したのであるが、これ以上研究を進めるには、土壌の物理的性質に立ち入らねばならぬのである。

 土の物理学などというと、何でもないように思われるかも知れないが、実はこれは複雑なコロイド(注)の問題で、物理の専門家でも先ず一応はやれやれと思う位厄介なものである。ところがこの研究者たちはまるで平気でこの問題に立ち入って、土の粒子の分析から始めている。そして赤土ていを電解質で分散させ、沈底法(注)によって非常に細い粒子と稲い粒子とを分けてとり出し、その各々について需柱を作って見たのである。そして粗い粒子では籍柱が出来ず、微粒子の方では出来る場合と出来ない場合とがあるという結論に達したのである。とにかく霜柱の出来るために必須な条件は、微粒子が存在することであるという重大な結論を得たのである。

 次に出来る場合というのは、土の表面に小画面があって、その中の尖った点から凍り初めた場合であるということを確めている。それにも面白い実験があって、コップの中に水を一杯入れてその上に浸るように遮紙を載せ、その濡れている遮紙の上に赤土の少量を撒いて置くと、その土から立派に霜柱が出来るということを確め、霜柱の成立如荷は土の表面の性質に依ってきまるという結論を得ている。これらも極めてあざやかな実験である。これは砂の上にこぼれた極少量の赤土から霜柱が生えたという偶然にあった現象を捕えて、よくその重要性を生かした結果出来た実験の由であるが、その点も誠によく研究の方法に徹したやり方であると思う。それで前には出来なかった砂,ガラス粉などについて、更に乳鉢で摺って粒を非常に細くし、表面に適当な回凸を作ることによって立派に籍柱を作っているのである。

(「羅柱の研究」について[樋口敬二編『中谷宇吉郎随筆集』岩波文庫第26刷2011年」より抜粋。)

(注)籍柱:土中の水分が地表付近にしみ出て凍結し、細い柱状もしくは針状となって上方に成長するもので、表土を押し上げることが多い。

紅殻:酸化鉄から成る赤色系の顔料(着色剤などの原料).アドソルビン:ケイ酸アルミニウムのこと。

コロイド:微粒子が物質の中に分散している状態のこと。

沈底法:水中を沈降する粒子の沈降速度が粒子の大きさによって変化することを利用して、粒子の大小を分別する方法。

※常用漢字表の例にない漢字、また送り仮名や用法の異なる漢字などについては、原文にある以外にも一部ふりがなをつけた。

※文中の「的の」は、「的な」の意味である。

[設 問]

A、下線部の「第二期」の研究について、次の (1)、(2) の問いに答えなさい。

(1) 研究の実験内容とその結果を、行われた順番に、320字以内でまとめなさい。

(2) この研究で、最終的に明らかになったことを、100字以内で書きなさい。

B. この課題文を通して、著者が最も伝えたかったことを、160字以内で述べなさい。

copyright 2016/Everyday school