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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 経済学部 小論文 2011年 過去問

2011年 慶應義塾大学 経済学部 小論文 課題文

 

次の課題文を読んで設問A、Bに答えなさい。解答は解答用紙の所定の欄に横書きで記入しなさい。

[課題文]

 18歳人口の50%以上が大学生になる時代ともなれば、それにともなって、大学教育も大きく変化する必要がある。大学教育をどうすればよいかということに関しては、大別して二つの基本的な考え方がある。第一に、教養教育を徹底し、かつ学問の奥義をきわめることが大学の存在意義なので、学生の教養・学問を高めることを大学に求める考え方である。第二に、学問も大切であるが、もっと重要なことは大学卒業後に人が有能な職業人として働けるような素地を学生たちに身につけさせることだという考え方である。

 教育学を専攻する者に前者が多い傾向があるが、経済学を専攻する者にもそうした考え方を主張する者はいる。代表的なのは、経済学者のなかでも教養人として知られる猪木武徳である。猪木は、大学が古典を中心とした教養教育を徹底する必要性を提唱している。古今東西の原典を重視した教養教育は、一見日常の生活に役立たないようにみえる。しかし、深い学識に裏づけられた教養は、マニュアルでは不可能な、非定形的な判断のできる人間の育成を促すという信念に基づいた提唱である。

 歴史的にみれば、ヨーロッパの大学では専門的な職業人の教育が一つの目的とされてきた。具体的には、聖職者(神学)、医者(医学)、法律家(法学)という社会で必要とされる専門的知識人を生み出すことに目的が置かれてきた。これらの科目は現代の大学でも教育されている。しかし、他の科目も含めて現在では科学研究活動があまりにも偏重されているので、これらの職業教育が軽視されるようになっていると猪木は嘆いている。猪木の説は必ずしも大学は教養教育だけに特化せよと主張しているのではなく、職業教育も教養教育に次いでそれなりに重要だとしているのだと私は解釈する。

 第二の考え方、すなわち職業人としての素地をつくるための教育を重視する考え方は、猪木と同じく経済学専攻の私がとる立場である。教育学(教育社会学)では、本田由紀が少数派ながらこうした考え方をとっている。私と同様に本田は、職業教育の重要性を大学のみならず、高校までを含めて考えているといってよい。学校を卒業して働き始めても、仕事が好きになれない、あるいは仕事をうまく遂行できない、人間関係になじめないなどの理由で若者が離職する場合が多い。そのため、うまく学業から就業への移行が進んでいないことを憂慮しているのである。若者の離職率の高いことは「七・五・三」という言葉で語られる。学校卒業後、就職してから3年間で、中卒は7割、高卒は5割、大卒は3割が離職することを示している。最近の厚生労働省の調査によると2006年卒業生で、中卒が67.3%、高卒が44.4%、大卒が34.2%となっており、高い離職率は事実である。(中略)1年以内の離職に関して最も大きな理由は、「仕事が自分に合わない。つまらない」となっている。次いで「賃金や労働時間等の条件がよくない」「人間関係がよくない」と続いている。勤務年数が3年を超えると、「会社に将来性がない」「キャリア形成の見込みがない」などが比重を増している。

 大学教育に関しては、本田の『若者と仕事』が興味深いデータを提供している。大学卒業後3年目の若者の意識として、現在の職場において大学で習得した知識がどれほど活用されているかについてたずねたものである。結果は、日本ではほとんど活用されていないというものが多数であった。他の欧米11カ国のデータと比較しても、日本の大学教育が卒業後の職業生活に生かされていないと評価されている。むしろ日本では「仕事」よりも、「人格の発展」に役立つような教育に価値が置かれているとみなせるのではないかと本田は解釈している。

 本田は「教育の意義」を論じるとき、三つの次元があるとしている。すなわち、①知的な発見や創造といった、いわば学問上での意義(「即自的意義」),②市民や家庭人として社会のなかで生きていくために必要な知識やスキル、あるいは人間社会でのルールを学ぶ意義(「市民的意義」),③有能な労働者として働くことができるように、職務上の知識、スキル、あるいは働くことの大切さを学ぶ意義(「職業的意義」)である。

 本田によると日本の教育界では、③「職業的意義」が特に軽視されていたという。「職業的意義」には、私の判断によると次の二つがある。すなわち、第一に、人は働かなければ食べていけないという意識を生徒・学生が知るようになることと、第二に、実際に働くときに、技能をどれだけ発揮できるかといった、働き手としての職業能力をどれだけ身につけるかということである。

 前者に関しては、働く意欲をもてるように、学生時代から勤労の意義を教える必要があると主張することになるし、後者に関しては、大学教育が教養を高めるためだけに存在するのではなく、仕事に就いてからすぐにでも有能な職業生活が送れるようにすることが、大学教育の役割であるとみなす。さらに後者では、猪木はまずは教養教育、次いで職業教育が重要としたが、私の場合には,まずは職業教育、次いで教養教育ということになろう。

 なぜ日本で職業教育が疎かになっているとみなせるかは、大学教育での専攻を見れば一目瞭然である。(中略)文学部などの人文科学系、法学部、経済学部、商学部などの社会科学系の比率が高く、これらの学生は就職先で、一部例外を除けば、大学で学んだことが直接職務に役立つ程度は低い。英文科で学んで英語の教員になる、法律を学んだ者が司法の世界へ進むといった場合には、これらの学部で学んだことが職業に直接役立つが、他の学科では必ずしもそうではない。しかも(中略)大卒者の採用基準がその大学の偏差値に依存している企業が多いとなると、大学時代に学んだことは選考の基準にされていないことを意味し、職務に役立つ教育を行っているとはいいがたい。

 もっとも、医学、薬学、工学、農学などの理科系では、大学で学んだ技能が就職後の職業生活に生かされる程度は文科系よりも高いので、ここでの主張は割引く必要がある。したがって、大学教育において「職業的意義」を高めるためには、文科系の定員を減少させて、理科系で学ぶ学生の数を増加させるという方策が考えられる。あるいは文科系であっても、企業に就職してからも職務に生かせるように、営業職、人事・総務職、経営管理職、経理職といった業務をうまく遂行できるような科目を中心にした教育を行うべきであるということにもなる。

(橘木俊語著『日本の教育格差』岩波書店2010年より抜粋。)

[設問]

A、課題文のなかで、筆者は、現在の日本における大学教育の何が問題で、今後どのような変化が必要であると述べているのか、200字以内で説明しなさい。

B、現代社会で起こっている解決すべき課題の具体例を一つあげ、それに対処するために大学で学んだことがどのように役立つと考えられるかを、400字以内で述べなさい。その際、課題文で述べられている「教養教育」と「職業教育」の特長に関連付けなさい。

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