[responsivevoice_button voice="UK English Female" buttontext="Listen to Post"]

年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 経済学部 小論文 2010年 過去問

2010年 慶應義塾大学 経済学部 小論文 課題文

 

次の課題文は、環境問題の解決に市場のしくみを取り入れた場合の有効性と限界を論じた文章の一部である。課題文を読んで設問A、Bに答えなさい。解答は解答用紙の所定の欄に横書きで記入しなさい.

[課題文]

 酸性雨の主要な原因である二酸化硫黄の排出量を削減するために、アメリカ政府は1990年の大気浄化法において、大気汚染をコントロールする新しいテクニックを導入した。この法律は、それまでの指令統制による方法を廃止した。指令統制による方法では、汚染物質を排出している各企業に対して、環境保護庁(EPA)の役人が許される排出量を決定し、直接規制していた。この指令統制による方法の代わりに、EPAは汚染権市場を創出した。具体的には、大気浄化法は排出許容量(emissionsallowances)ーその保持者に対して、1年間に1トンの二酸化硫黄の排出を許可するライセンスーを導入した。また、排出許容量は自由に取引できるものとされた。誰でもそれを売ったり買ったりできるし、将来の使用のために貯めておくこともできた。

 排出許容量という方式は論議の的となった。経済学者たちはこの方式を長い間提唱してきたが、政治的障壁がその導入を遅らせた。この方式に対して(すべてではないが)一部の環境主義者たちが唱えた反対意見は、排出許容量は汚染権というものを割り当て、汚染を正当化するように見えるという点で非道徳的であるというものであった。許容量に賛成する意見は、この方式が汚染を制限する他の方法よりもうまく機能するだろうというプラグマティックなものだった。

 環境保護を自由市場に任せておくことはできない。汚染の害を受ける人々が汚染者に対して影響力をまったく持っていないことは、よくあることである。環境にダメージを与える企業は、自分たちの会計には表われない費用を社会に課すことになる。企業は市場ベースでは、自分たちの汚染行為を制限するインセンティブをまったく持たないのである。もし環境が保護されるべきならば、国家がこの空隙を埋めなければならない。排出許容量が導入されたのは、政府を汚染コントロールから締め出すためではなく、政府がより効率的に汚染コントロールをする際の手助けとしてであった。排出権取引は、市場をもって政府に置き換えるわけではない。むしろ、政府は市場を自らの政策目標の達成に役立てるために用いているのである。政府が市場に委ねるのは、自らの役割の一部だけである。それは、排出量削減をどのように企業間で分け合うかを決めるという役割である。一方で、政府は最重要な役割を保持している。すなわち、全体でどれだけの汚染が許容されるべきかを評価し、遵守をチェックし、ルールを破った企業に罰金を課すという役割である。

 話を先取りして言うと、排出許容量の方式は、それを研究してきたほとんどの人々の意見では,注目すべき成功を収めた。それ以前のどの酸性雨対策よりも効果的だったのである。(中略)

 実際,排出された汚染物質の量は政府が設定した上限を30パーセントも下回った。しかも、これを達成するためにかかった産業界に対するコストは、他の方法よりも数十億ドルも少ないものであった。大気環境や雨中の硫酸濃度の測定値は全国的に改善された。(中略)

 二酸化硫黄の主な排出者は、石炭を用いる火力発電所である。これらの発電所が排出量を削減するためには、(排煙から二酸化硫黄を除去する)空気清浄器を設置するか、よりクリーンな燃料(硫黄分の少ない石炭や天然ガス)へと転換しなければならない。削減コストは、立地、設備の経過年数やタイプに依存しており、プラントによって大きく異なる。

 政府は、2010年までに二酸化硫黄の排出量を1年あたり1,000万トン削減する意図を公表していた。この目標を伝統的な指令統制による方法で達成するには、EPAによる微細管理(マイクロマネジメント)ー汚染物質を放出する各プラントを調査して、そのプラントが削減すべき排出量を決定し、汚染コントロールのための特定の設備の設置を命令する等ーが必要だったかもしれない。別の可能性としては、指令統制による方法はすべての企業に対して一律の標準を設定していたかもしれない。その場合には、すべての企業に対して、コストや結果に関わりなく、同一の削減手順を取ることを求めることになる。

 取引可能な排出許容量によって、微細管理(マイクロマネジメント)や直接的ルールなしに、柔軟性が達成される。政府は単に排出の全国的な総量を決定し、各工場がどれだけ削減するかは市場に決定させる。政府が目標排出量に等しい数のライセンスを創出して、それを汚染物質排出企業に与えると、これらの企業同士がライセンスを取引する。排出量削減が相対的に容易な企業は許容量の一部を売り、収入を排出量削減活動に用いる(そしていくらかの利益を残す)ことになる。排出量削減が相対的に困難な企業は追加的な許容量を購入する。結果として、削減コストが低い企業では、課せられた水準以上にクリーンな操業を行うため、産業界にとって可能な限り低いコストで排出総量の削減目標が実現されることになる。

 この理論の正しさは実践の中で証明された。大量の排出許容量が売買されている。1998年には,排出量約1,000万トンに相当する排出量取引が行われた。行動は企業によって異なる。ある企業は排出許容量を販売して、最初の割当量よりも少ない汚染物質を排出し、別の企業は許容量を購買し、割当量以上の汚染物質を排出している。(中略)

 他の競争的市場と同様に、排出許容量の市場が行っていることは、本質的には情報の生成である。排出権市場は、汚染削減を最小費用で達成する方法だけでなく、汚染削減コストが実際にどれほどかかるかを白日のもとにさらけ出すのである。排出許容量市場が達成できることを政府ができないのは何故だろうか。原理的には、頭のいい官僚であれば、削減コストが相対的に低い工場に対して追加的削減を求めることで市場と同程度の費用対効果で汚染をコントロールできるだろう。しかし官僚には、削減コストがどの工場で高く、どの工場で低いかはわからない。重要な情報は局所的に保持されている。 

 排出許容量の価格が予想よりずっと低いことにほとんどの人々が驚いた。指令統制が、すべての人々に(おそらく汚染者を除いて)許容量価格に対する誤った印象を残していたからである。排出量取引が開始される以前には、EPAは1トンの二酸化硫黄を除去するのに750ドルかかると見積っていた。他方、電力会社は1トンの二酸化硫黄を除去するのに1,500ドルかかると主張していた。1994年から1999年の間に実際に取引された排出許容量の平均価格は約150ドルであった。許容量を150ドルで売るということは、企業が排出量削減1トンあたりのコストは150ドル以下であると言っているに等しかった。驚くべきことにEPAは市場が明らかにした額の5倍の削減費用を信じていたし、さらに驚くべきことに産業は10倍かかると主張していたのである。

 排出量取引市場は、環境主義者たちの同盟者であることが判明した。直接規制のもとでは、汚染物質除去のコストを過大評価していたEPAは、本来あるべき水準より少ない削減量を推進していたかもしれない。除去にかかる真のコストを示すことで、市場は実際、大気汚染に関する積極的目標値の主張を支持したのであった。

(ジョン・マクミラン著、瀧澤弘和・木村友二訳『市場を創る一バザールからネット取引まで』NTT出版2007年より抜粋。)

[設問]

A、課題文の空欄は、その前後をつなぐいくつかの文を伏せたものである。その文章では、政府の指令統制による方法と市場による方法とが対照され、後者のほうがうまく機能する理由が述べられている。空欄の前後の文章を読んで、空欄にどのような議論が入るのが適切かを考え、400字以内で記述しなさい。その際、汚染削減コストに関する官僚と企業の間での情報の差、および汚染削減コストの正確な情報を伝える企業側の動機付けに着目しなさい。

B、課題文は、酸性雨の事例に即して、市場を用いて環境問題を解決する方法を示したものである。市場を用いる方法は、他の環境問題にも適用できるだろう。しかし、環境問題の中には、市場による方法では原理的に解決が難しいものも存在すると思われる。そのような環境問題の例を一つ挙げ、なぜ市場による方法では解決が難しいのか、200字以内で説明しなさい。

copyright 2016/Everyday school