[responsivevoice_button voice="UK English Female" buttontext="Listen to Post"]

年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 経済学部 小論文 2001年 過去問

2001年 慶應義塾大学  経済学部 小論文 課題文

[設問]

(1)

 [課題文]において、筆者は科学技術の発達をめぐって何を争点と考えているかを140字以上160字以内で述べなさい。*

(2)

 [課題文]の下線部Aの趣旨にあてはまる例としてどのようなものがあるか。第二次世界大戦後の具体例を1つあげて140字以上160字以内で説明しなさい。

(3)

 [課題文]の下線部Bに関して、科学技術の発達を制御する可能性について、とくに現代における科学技術の発達が国際競争や企業活動と深く結びついているという側面があることを考慮して、[課題文]全体の結論になるように、360字以上400字以内で述べなさい。

[課題文]

 世界の人口は、近代、とりわけ20世紀になって急激に増加し、21世紀に入った現在では60億人に達したと推計されている。その増加の理由はさまざま考えられるが、人間が生きていくためには食糧が不可欠であるから、このように急激に増加した人口を養うだけの食糧生産も、急速に増加したことは間違いない。では、なぜ食糧生産の急速な増加が可能だったのか。

 食糧生産を行なう産業の代表として農業を例にとると、農業生産を増加させるためには、農地を拡大すること、および単位面積あたりの収穫量を増やすことの2つの方法が考えられる。農業が伝統的な農法の下で人間の力と簡単な道具によって行なわれている限り、いずれの方法によっても生産の増大には克服しがたい限界があった。

 たとえば、農地を拡大するためには土地を開塾し灌漑施設を整備することが必要であるけれども。人間があまり手をかけなくてもよい耕作に適した土地は限られている。それゆえ、農地を拡大していこうとすれば、それに要する労力と費用は急速に増加していく。また、単位面積あたりの収穫量を増やすための方法として品種改良があるが、これも近代以前では、作物を栽培するうちに突然変異や偶然の交配によって多収穫種や病気に強い品種が発見されたり、農民が長年の経験的知識にもとづいて交配を行なって改良したりしていたものである。したがって、この方法による生産の増大には長い年月が必要であった。

 このような農業生産の増加の限界を打ち破ったのが、近代以降の科学と技術の相互促進的な発展であった。17世紀の科学革命によってその基礎が築かれた自然科学は、産業革命の進展とともにさらに急速に発展していくが、20世紀に入るころからそうした科学研究の成果が農業技術の開発に意図的に応用され、科学と技術とが相互促進的に発展していくようになる。機械の使用は、人間の能力の限界を打ち破って農地の拡大や耕作の効率化を飛躍的に進めたし、科学的知識にもとづく品種改良や化学肥料・農薬の使用は、単位面積あたりの収穫量を飛躍的に増大させた。とりわけ第二次世界大戦後には、農業の機械化、品種改良と化学肥料や農薬の開発がいっそう進むとともに、そうした農業技術がアジアやラテンアメリカなど伝統的な農法が行なわれていた地域にも急速に普及していった。

 このように科学と技術が結びついて急速に発達したことが、食糧生産を急速に増加させ、人口の急激な増加を支えていったのである。ただし、近年ではこうした方法による食糧生産の増加にも。限界が近づいていると考えられる。農地の拡大の1つとして行なわれてきた砂漠の灌漑事業が塩害によって失敗に終わった例は少なくないし、既存の農地についても、長期にわたる化学肥料と農薬の使用によってかえって地力が低下した農地が拡大しており、これ以上の収穫量の増大が望めなくなってきているといわれている。そして、なによりも、それらが環境や人間の生命に与える悪影響が明確なものとなってきている。

 ところが、こういった問題も、やはり科学技術の発展が解決するとみなす立場もある。そうした立場から、問題の解決に貢献するとして期待されている最新の技術が、遺伝子操作あるいは遺伝子組換え技術である。これは、ある生物から目的とする有用な遺伝子を取り出し、改良しようとする生物に導入することで、その生物がもっていなかった新しい性質を付与する技術である。この技術は、それまでの品種改良が超えられなかった種の壁を超えて遺伝子を導入できるため、農作物の改良の範囲を大幅に拡大し、世界の食糧問題や環境問題の解決に大きく貢献できるというわけである。

 しかし他方で、この技術によって生産された農作物の安全性や環境への影響を問題視する声も強い。遺伝子組換え食品の安全性は証明されているとする見解に対しては、遺伝子組換え技術は30年足らずの歴史しかなく、その長期的な影響はわかっていないという反論がある。また、この技術よって害虫駆除や除草のための農薬散布の回数と使用量が削減でき、環境破壊を抑制できるという見解に対しても、遺伝子操作による新品種の創出は種の壁を超えて行なわれることから、生物の進化や従来の品種改良とは決定的に異なっているため、生態系のバランスを破壊してしまう危険性があるという指摘がある。

 人口増加と食糧問題の深刻さを考えると、遺伝子操作という技術の重要性を否定することは難しいように思えるけれども、だからといって安全性の問題を軽視することもできない。そもそも安全性の調査は、その時点で人間が想定しうる範囲内で実施するものであり、想定した範囲内で安全性が証明されたとしても、その範囲外でも安全であると断定することはできないのである。あるいは,実験室では専門家の管理の下におかれていたために安全であったものが、産業化され広く普及していくなかで予想外の結果をもたらすこともある。実際、(A)安全であるとされていた技術が思わぬ危険性をはらんでいたことが後になって明らかになるという例は、過去に少なからず存在する。

 新しい技術が従来にない画期的なものであればあるほど、社会に広く普及してしまってから危険性が明らかになった場合、その弊害を除去するために長い年月と莫大な費用が必要となり、あるいは人間の生命をも犠牲にしてしまう可能性がある。こうした懸念から、科学技術は人間に多大な恩恵をもたらすものであるが、社会が適応できる速度を超えて科学技術の発展が独走すると思わぬ大きな弊害を引き起こしかねないとして、その発展を制御する必要があるという主張が支持を集めるようになってきている。すなわち、科学技術の固有の論理にゆだねているだけでは、科学技術はむしろ社会に困難や混乱をもたらしかねないほどの速度で発達する可能性がある。(Bf)それゆえ社会がその成果を無理なく安心して受け入れられる速度に、社会の側が科学技術の発達を制御しなければならないというのである。

copyright 2016/Everyday school