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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 経済学部 小論文 2000年 過去問 解説

2000年 慶應義塾大学 経済学部 小論文 課題文

次の文章を読んで、以下の設問に答えなさい。

 21世紀を前にして、20世紀がどのような世紀であったかを顧みると、この世紀は、二つの世界大戦をはじめとして、多くの虐殺や地域紛争があったという事実にあらためて博然とさせられる。こうした事実だけから考えてみても、20世紀は<野蛮>の世紀だったと総括することができるかもしれない。

 20世紀の歴史家は、「事実をして語らしめる」という19世紀の歴史実証主義の立場に素朴に立つことができなくなっている。というのも、20世紀になると、歴史的事実をどのようにみるかという問いかけに加えて、過去をふりかえるとはどういう行為なのか、歴史的事実というものはそもそも把握可能なものか、こうした問題が歴史学において真剣に考えられるようになったからである。

 素朴な歴史実証主義の立場に満足できなくなった20世紀の歴史家は、歴史的事実には歴史家の解釈や主観が強く入り込んでいることに注目するようになった。つまり、歴史家が過去の出来事を再構成し叙述するとき、「事実の選択と解釈」をおこない、それによって事実を「歴史的事実」として認識することになる。すなわち、歴史的事実は、けっして歴史家の目の前にはじめから存在するものではなく、歴史家が選択し創造した産物だと考えるようになったのである。しかしこう主張しているからといって、「証拠」を無視して歴史的事実をねつ造することが許されるわけではなくむしろ「証拠」こそが解釈の妥当性を判断する根拠になるとみなされていることに留意しなくてはならないだろう。

 一方、現在の関心からの問いかけにもとづいて歴史的事実が選択されるということを、さらに強調して考える立場に立つ歴史家もでてきた。こうした歴史家によれば、歴史を語るということは,言語を用いた行為であり、したがって、言語によって書かれた「テクスト」こそが歴史的事実を「構成する」ということになる。つまりこの立場は、歴史を解釈するとき、ある歴史解釈が他の解釈より真実に近いとみなすことのできる基準を、客観的な「証拠」という歴史的事実に求めること自体に疑問をなげかける。言いかえれば、歴史を解釈し物語るときに大切なことは、証拠に裏づけられた歴史的事実そのものではなく、一定の解釈の枠組みのなかで首尾一貫した「プロット(筋書き構成)」を生み出すことである。このプロットこそが歴史的事実をつくっていくのであって、歴史的事実がプロットをつくるのではないということである。こうした歴史解釈をさらに推し進めていくと、「歴史的事実は無で、解釈が一切」ということになり、したがって、「無限の解釈」が許されるという極論まであらわれてくることになる。

 こうした現代の歴史学上の対立を軸に20世紀をふりかえるとき、この100年間の歴史はどのようにとらえることができるであろうか。

設問

1 

 下線部の「現代の歴史学上の対立」とは、歴史叙述をめぐるどのような対立なのか。80字以上100字以内で述べなさい。

2

 1931年の満州事変にはじまり、1945年の終戦にいたるまで、日本は一連の軍事的な活動をおこなった。この軍事的な活動が、日本がアジア諸国に対しておこなった「侵略戦争」であったという見解と、欧米列強の経済的圧力に対する「自衛戦争」であったという見解の二つの解釈があるとすれば、こうした解釈の対立は<なぜ>生ずるのか。課題文の内容と設問Iの答えを踏まえて、歴史解釈上の問題として、160字以上200字以内で述べなさい。

3

 20世紀は、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)、南京虐殺、原爆投下、ポル・ポト政権下の虐殺など、多くのジェノサイド(大量虐殺)がおこなわれた「野蛮な」世紀として後世の人々に記憶されるかもしれない。こうした出来事を理解し叙述するときに、課題文で論じられている歴史的事実と解釈の問題にどう向き合ったらいいのだろうか。あなたの見解を460字以上500字以内で述べなさい。

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