[responsivevoice_button voice="UK English Female" buttontext="Listen to Post"]

年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 経済学部 小論文 1982年 過去問

1982年 慶應義塾大学 経済学部 小論文 課題文

〔問題〕

次の文章は,明治 18 年(1885)『時事新報』紙上に掲載された福沢諭吉の「脱亜論」の一部である。これを読んで,世界の中で現在の日本が置か れた位置,特にアジア諸国とのかかわりを考慮し,自由に論評せよ。(解答用紙は 25 字 × 40 行の 1000 字。 1 マス 1 字,与えられた枠内でまとめなさい。

我日本の国土は亜細亜の東辺に在りと雄ども,其国民の精神は,既に亜細亜の固陋を脱して,西洋の文明に移りたり。然るにここに不幸なるは,近隣に国あり,ーを支那と云ひ,ーを朝鮮と云ふ。此二国の人民も,古来亜
細亜流の政教風俗に養はるること,我日本国民に異ならずと難ども,其人種の由来を殊にするか,但しは同様の政教風俗中に居ながらも,遺伝教育の旨に同じからざる所のものある欺, 日支韓三国相対し,支と韓と相似るの状は,支韓の日に於けるよりも近くして,此二国の者共は,一身に就き、又一国に関して、改進の道を知らず,交通至便の世の中に,文明の事物を問見せざるに非ざれども,耳目の関見は以て心を動かすに足らずして,其
いにしえ この古風旧慣に恋々するの情は,百千年の古に異ならず。此文明日新の活劇場に,教育の事を論ずれば儒教主義と云ひ,学校の教旨は仁義礼智と称し,そのーより十に至るまで外見の虚飾のみを事として,其実際に於ては真理原則の知見なきのみか,道徳さへ地を払ふて残刻不廉恥を極め,尚倣然として自省の念なき者の如し。

 

我輩を以て此二国を視れば,今の文明東漸の風潮に際し,通も其独立を維持するの道ある可らず。幸にして其国中に志士の出現して,先づ国事関進の手始めとして,大に其政府を改革すること我維新の如き大挙正義父
先づ政治を改めて共に人心を一新するが如き活動あらば格別なれども,幸しも然らざるに於ては,今より数年を出でずして亡国と為り,其国土は世界文明諸国の分割に帰す可きこと,一点の疑あることなし。如何となれば,麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら,支韓両国は其伝染の天然、に背き,無理に之を避けんとして一室内に閉居し,空気の流通を絶て窒塞するものなればなり。

輔事唇歯とは,隣国相助くるのl除なれども,今の支那朝鮮は,我日本国のためにご蓄の援助と為らざるのみならず,西洋文明入の限を以てすれば,三国の地利相接するが為に,時に或は之を同一視し,支韓を評するの価を
以て,我日本に命ずるの意味なきに非ず。例へば,支那朝鮮の政府が古風の専制にして,法律の侍む可きものあらざれば,西洋の人は,日本も亦無法律の国かと疑ひ,支那朝鮮の土人が惑溺深くして,科学の何ものたるを
知らざれば,西洋の学者は,日本も亦陰陽五行の国かと思ひ,支那人が卑屈にして恥を知らざれば,日本人の義侠も之がために掩はれ,朝鮮固に人を刑するの惨酷なるあれば,日本人も亦共に無情なるかと推量せらるるが如き,是等の事例を計れば枚挙に逗あらず。之を喰へば,比隣軒を並べたる一村一町内の者共が,愚にして無法にして,然かも残忍、無情なるときは,書れ いんぼっ稀に其町村内の一家人が正当の人事に注意するも,他の醜に掩はれて埋没するものに異ならず。其影響の事実に現はれて,間接に我外交上の故障を成すことは実に少々ならず,我日本国の一大不幸と云ふ可し。

左れば今日謀を為すに,我国は隣国の開明を誇て共に亜細亜を員すの猶予ある苛らず,挙ろ箕岳を脱して西洋の文明国と進退を共にし,共支那朝鮮に接するの法も,隣国なるが放にとて特別の会釈に及ばず,正に西洋人が之に接するの風に従て処分す可きのみ。悪友を親しむ者は,共に悪名を免かる可らず。我れは心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり。

copyright 2016/Everyday school