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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 法学部 小論文 2015年 過去問

2015年 慶應義塾大学 法学部 小論文 課題文

問題

次の文章は「生物多様性」を題材に論じたものである。著者の議論を 四○○字程度でまとめ、人間社会における「関係価値」について具体例を あげながら論じなさい。

 

「生物多様性」という言葉の創出

自明だ、と思っていることを説明するのはけっこう難しい。

生物学者にとっての生物多様性の大切さもそうである。 生物学者は、生物のかけがいのない価値を認め、しかもその多くが危機的状態にあることを実感している。彼らにとって、生物とその生育場所を、できるだけ自然のままで保全することは当然のことである。しかし、現実には、生物 の保全はなかなか進まず、地球上の多くの種が消滅の危機にある。わかりやす く一般社会に訴え、社会的関心を巻き起こすようなメッセージ性の強い言葉の 必要性を痛感していたことだろう。

「生物多様性」は、その意味で待望されていた言葉であったに違いない。実 際この言葉をきっかけに、生物の保全の必要性と重要性を想起させることがで き、社会に関心を呼び起こすことに成功した。国際的な場で議論が重ねられ、 生物多様性は現代の環境問題の中心的なアジェンダとなり、「生物多様性枠組み条約」の締結にこぎつけている。と同時に生物学者は、あまりに多くのものを「生物多様性」に盛り込みすぎ たと、少し後悔しているかもしれない。遺伝子から生態系の多様性までを含む 広い適用範囲をもち、概念的に多くの異質なものを取り込んでしまった。また生物学者は、生物多様性に加え、人間社会への便益を明示するために、生態系 サービスという概念も付随させた。

そのため生物多様性の定義は、かえって混池としてきている。日常生活の中 に忍び込んだ科学的権威を帯びた言葉。生物多様性は、(中略)多様性を共通 分母で通分した、なんでもありの便利な言葉となってきた。このことは生物多 様性条約においても問題となってくる。

 

生物多様性条約利用と保全を架橋する

生物学者は、生物多様性条約という国際レジームを手に入れた。しかし、そ こでは重要なことが議論されず不明瞭なままになっている。生物多様性は誰の ものか、という点である。

なぜか。

条約のなかに、一見相反する「保全」と「利用」という二つの目的が掲げら れたからだ。

保全という目的では「人類の共通の遺産」という側面が強調される。地球上 の共有公共財であり、グローバル・コモンズという考えに通じる。共通の財産 であるから、世界のみんなが責任をもって守ってゆかなければならない。保全 を目的とするとき、共有財産とすることには異議はない。 しかし利用にあたっては、みんなのものとすることは問題をはらむ。利用と いうことは、生物多様性の「資源」という側面に目を向けることである。生物 多様性は、しばしば遺伝子資源へと還元・翻訳され、当然のこととして、各国 の主権が尊重される。資源は、それを所有する国にまず利用する権利がある。 誰のものでもある、というわけにはいかなくなる。

ここに、奇妙なねじれを生じている。

このねじれは、条約では、先進国と途上国の対立として顕在化した。遺伝子 資源を利用する技術と資金が先進国のみにあることから、遺伝子資源を万人の 共有物とすることに、途上国からの強い反発が出てくる。 このねじれを、見かけ上績うのが「遺伝子資源の利用から生じる利益の公正 かつ衡平な配分」という三番目の目的である。利用と保全という二つの目的で は対立しか生じないため、さらにあらたな目的を掲げなければならなくなった。

「利益の公正かつ衡平な配分」では、遺伝子資源は、人類共通の財産であるからであるけれども、所有する国と利用しようとする主体、多くの場合先進 国の企業との間で、十分なコンセンサスを得る必要があるとしている。この第 三の目的は、利用しながら保全することを実現するための方法でもある。

 

ダローバル・コモンズかグローバル商品か

さらに、今日の動向は、生物多様性の経済価値に言及し、市場メカニズムに よる保全を国際的に協力して行おうとしている。生物多様性の資源としての側 面ばかりが強調されるようになった。 第九回の締結国会議では、「生態系と生物多様性の経済学」(TEEB)の中 間報告が提出された。生物多様性の喪失による経済的損失の大きさを強調した うえで、早めに本格的な対策を講じれば、わずかな予算で経済損失を最小限に できることを明確にしようとする報告である。気候温暖化防止におけるスター ン・レヴューのひそみに倣っている。

ただ気候温暖化の防止と異なるのは、生物多様性の場合は「利用」すること が可能だということである。温暖化防止の活動は、そのこと自体が直接利益と なることはない。一方、生物多様性の維持という行為は、将来に利用して利益 を得ること、つまり投資という意味合いすらも内含される。遺伝子工学にとっ ては、生物多様性は原材料そのものである。

保全にあたっても、生物多様性の経済価値を最重要視するようになっている。 TEBBの中間報告書の主筆は二五年の経験を有する銀行家であり、自らを市 場のプロフェッショナルとして、「自然の価値査定の欠如こそ、生態系の劣化 と生物多様性の損失の根本的な原因」とみなし、その経済価値を「計測しない と管理できない」と明言している。生物多様性に莫大な経済価値があることが 保全の決め手であり、さらに続けて市場メカニズムによることがもっとも効率 的な利用だと主張している。(中略)

生物多様性条約では、誰のものかを問うことを棚上げにしつつ、経済価値と 市場原理に重点を置いて保全と利用を図ろうとしている。そのため生物多様性 は当初生物学者が企図したグローバル・コモンズというよりも、グローバルな 商品と位置づけられるようになった。

 

誰が守るのか

地域社会の役割 生物多様性の利用と保全の議論のなかで、もうひとつ曖昧にされていること がある。

地域の役割である。 生物学者は、グローバル・コモンズというトップ・ダウン的な国際的認知と、 生物多様性の国際的制度構築を図ろうとした。後者については生物多様性条約 として成功した。が、その過程で、地域の人々の知識と活動が創り上げてきた ボトムアップ的なローカル・コモンズは、半ば意図的に無視された。切迫した 課題に性急な解決策を探るなかで、生物多様性を守り、その価値を深く理解し、 賢明な利用を重ねてきた地域の人々は、いったんないがしろにされた。 地域の人がようやく議論の場に登場するのは、生物多様性がグローバル商品 として認められるようになってからである。商品化にあたって、地域の人々が 利益の応分な配分を求めるようになった。生物多様性、とりわけ遺伝子資源を 保全し利用してきた知識・工夫・技術・慣行への対価としてである。

地域社会 の人たちの活動を経済的に評価するものとして、知的所有権が持ち出された。 しかし、地域社会は、生物多様性と経済的ではない関わり方をしてきた。経 済価値があるからではなく、生活のいたるところで生物多様性の恩恵を受けて いたため、大切にしてきたのだ。地域の人々が認めたのは使用価値である。そ れが生物多様性条約をきっかけに、交換価値として、グローバルに経済的に評 価されるようになった。 地域社会が従来大切にしてきた使用価値と外部者が評価する交換価値、たと えば水問題では、それぞれの価値を土台にしている立場の間に、先鋭な軌職と 対立をもたらした。二つの価値観の違いは常に留意しておくべきだろう。地域 社会の生物多様性保全の役割は、たとえば知的所有権など、外部者は交換価値 に限定しがちであり、過小評価されている。

地域社会は、生物多様性の保全の担い手として、われわれが考える以上のよ り大きな役割を果たしてきたし、これからもさらに大きな役割を果たしうる。 たとえ共通の財産であるという共通認識を世界がもち、国際的な制度が整い、 さらにいえば、経済的評価がなされ、市場メカニズムが機能したとしても、実 際に、直接的に、具体的に、生物多様性を保全するのは地域社会以外にはない からだ。

(中略)

 

つながることの価値

生物学者は生物相互のつながりに価値を見出した。多様なことだけが重要な のでなくて、それが相互につながっていることが大事なのである。生物多様性 の保全と利用にあたっての、地域と地域、地域と世界の関係も同様である。

(中略)

今必要なのは、われわれが世界中の生物多様性にどのように関わることがで きるのか、考えることである。生物多様性の保全と利用の主体は地域社会であ るから、それは、地域社会のエンパワーメントを考えることになる。生物多様 性における生物と生物の相互関係のように、世界の地域と地域とは相互に関連 し、依存しあっている。その関係をもう一度見直すことが地域のエンパワーメ ントに通じる。生物多様性が教えることは、つながっていることの重要性であ る。ひとつの地域社会を孤立させるのではなく健全な関係性の中に位置づける ことで、それぞれの地域社会は、生物多様性を保全し利用する主体として、よ り豊かに強くなれるはずである。

われわれは生物多様性に使用価値と交換価値を見出した。二つの価値観のあ いだで、生物多様性をグローバル・コモンズとするのかグローバルな商品とす るのか、保全と利用のありようは大きく揺らぐ。そのどちらを優先するかとい う議論のまえに、別の価値を生物多様性に探る必要があるかもしれない。それ を、いまだおぼろげなものだが、とりあえず関係価値とでも呼んでおきたい。 今日のグローバル経済における交換価値の枠組みでは、生産者ー消費者が分断 されてしまっているが、別の価値(関係価値)によって、その距離を縮めよう という考え方である。それは、つながることによって豊かになる価値であり、 つながりが切れたときに初めて、大切なものだったと気づく価値である。

 

阿部健一「生物多様性という関係価値利用と保全と地域社会」『科学』二○一○年 一○月号所収。なお試験問題として使用するために、文章の一部を省略・変更してある。

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