[responsivevoice_button voice="UK English Female" buttontext="Listen to Post"]

年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 法学部 小論文 2010年 過去問

2010年 慶應義塾大学 法学部 小論文 課題文

[問題]

 ヘラスとよばれていた古代のギリシアでは、異民族ペルシアの侵攻に際しては、すべての都市国家(ポリス)が、団結し立ち向かった。しかしペルシアの脅威が去ると、アテーナイとラケダイモーンの二つの有力な都市国家を中心に形成された二つの陣営が、対立するようになった。すなわちアテーナイが強大化し、他の都市国家を圧迫するようになると、脅威を感じた都市はラケダイモーンを後ろ盾にしてそれに対抗しようとしていた。

 アテーナイが着々と帝国主義的に膨張する中で、ラケダイモーンの同盟国であるコリントスは、アテーナイとの間で戦闘状態に入った。そしてコリントスは、それまで存在していた両陣営間の休戦協定はもはや破られたとして使者を派遣し、ラケダイモーン市民にアテーナイに対する開戦を決意するよう訴えた。以下に掲げたのは、そのコリントスの使者の発言と、それに反論するアテーナイの使者の発言である。両者の発言を検討し、貴方がラケダイモーンの市民だったらどのような決定をすべきだと考えるかを、自分なりに論じなさい。なお、解答にあたって史実との適合性を考慮する必要はない

 コリントス側発言「この責任は諸君にある。諸君はペルシア戦争後アテーナイ市にまず統帥を許し、その後彼らの長壁構築をも阻まなかった。爾来今日に到るまで、諸君はアテーナイ傘下諸都市の自由にかぎらず、諸君の同盟都市の自由にも関心を示さなかった。つまり、もしもへラス解放こそ尊ぶべき義務であるとするならば、その奴隷化を謀った者より、それを阻止する力を持ちながらも傍観している者こそ主犯である。しかるに今やようやくにして我々は一堂に会し得たが、その現在でさえも集った目的が定かでない。我々が不正を受けたか否かをもはや検討する必要はない。問題はいかに我々を守るかにある。(中略)

 アテーナイ人は進取の気性を持って工夫に富み、計画の遂行に強い行動力をもってあたる。これに反して諸君は現状の維持を蹴って新しきを企てず、必要な行動にもこと欠いている。さらにアテーナイ人は実力を上廻った目的をさえ抱いて、予想外の危険を冒し、虎穴に虎児を得ようとするが、諸君は自らの能力、知力をさえ十分に活用した行動をとらず、磐石をも疑い、常に戦戦競競とした思いから放たれない。さらに加えれば、彼らは諸君の速巡に勇断をもって答え、国外発展を求めるに対し、諸君は国内に離麗『出題者注ーあぐらをかくこと」する。すなわち彼らは外地侵略に新しい利益を望むが、諸君は遠征の国内に招く破綻を考えるのだ。アテーナイ人は敵を破ってあくまで勝利を利用し、敗れて最小限の後退をする。国のためにはわが身を我とも思わず挺し、国のためとあらば事の遂行にあたって、その目的を決して他人事として扱わない。机上の計画だけで行動に移されなかった事柄をも、彼らは事実上の損失と数える。しかも計画が現実化され、目的が達成されようとも、なさるべき事に対して僅かの前進としか彼らは感じない。そして万が一にも事のなかばにして挫折するや、彼らは常に他の企てをもってその欠損を補う。決定事項をアテーナイ人はただちに実践するので、彼らだけが目的を希求するのと同時にそれを実現できるのだ。彼らは労苦も危険さえも厩わず、この全てに生涯を賭けてはげみ、終始発展に追われて現在を楽しむ暇さえもたない。祭礼でさえも単に義務行為と考え、絶えざる刻苦より無為閑暇をわざわいとする。このように総じてアテーナイ人は自他ともに平穏を許さないように生れついているという評は正識を得ている。

 ラケダイモーン人諸君、このような国が眼前に立ちはだかっているのだ。それにもかかわらず諸君は右顧左師している。そして周到な用意をもって正義を貫く者や、不正の前には断固とした態度を表明している者には平安があると諸君は考えない。諸君は他を傷つけない代りに自らも傷つけられないで守れると思っている。これは、例え諸君がラケダイモーンに似た国と隣りあわせていたとしても、成就しがたい。先ほども明らかにしたように、諸君のアテーナイ政策は今や時代遅れである。(中略)

 そこで今日限り諸君はその遂巡に終止符を打たなければならない。友好国や同族の国々を敵に渡さず、また諸君の無関心のために我らを他の国との同盟に走らせることのないように計らねばならない。それにはアッティカに侵攻し、ポティダイアなりいずこなりとも貴国と同盟を結んだ国家に火急に援助を送る必要がある。この行動は、誓いをかけた神々にも証しに立会った人々の目にも、我々が不正を犯したとは映る答はない。条約破棄の非難は無援のために他に走った者の上にではなく、同盟を結んでおきながら援助を送らない者にむけられるからである。しかし諸君が積極的に行動を採るならば我々は貴国とともにある。変節は我々を汚すであろうし、気心のこれ以上に合った国を得られるとも思えないからである。以上、諸君はよく熟考あって、諸君が先祖から受け継いだ従来のペロポネーソスの指導者として失格しないように心掛けるべきである。」

アテーナイ側発言

 「我々はマラトーンにおいて独力で異語族「出題者注ーペルシア人のこと」に対して危険を冒し、再度の来冠の際には、陸上兵員の不足から全員が船に乗ってサラミース沖で海戦をした。そしてこの海戦こそ、敵の進航がペロポネーソス諸都市を軒並みに攻略するのを妨げたのである。さもなくばペロポネーソス諸都市はその大艦隊に対して自分達では援護しあえなかったであろう。この点はクセルクセース「出題者注ー当時のペルシア王』自身がよく証明した。すなわち彼は海戦に破れると、もはや対抗できる力を失ったとして倉皇と『出題者注ーあわてての意」主力部隊を引き揚げている。結果は、まさにこのとおりであった。しかもヘラスの事態を海軍が決したことも、また、我々がその海軍に最も多くの船と最も才能のある将軍と最も果敢なる勇気という三点で最大の貢献をしたことも、きわめて明らかに示された。(中略)

 ラケダイモーン人諸君、我々のこのような勇気と知恵のために、我々がへラスの世界に支配圏を保持しているのに対して、これほどの拓みを受けるのは一体ふさわしいことであろうか?つまり我々は暴力をもって支配圏を獲得したのではない。諸君がペルシア軍の残留部隊に抗して留ることを希まなかったために、同盟軍「出題者注ーかつての対ペルシア同盟のこと」は我々を頼りにして、統治権の設立を我々に依頼したのである。そしてまさにこの事態から、初めは特に恐怖から、ついで名誉のために、そして最後に利益のために、我々は今日までこの支配圏を統治するようにまず強要されたのである。さらにこれ程多くの国から嫌われているのでは安全とも思えず、しかもすでにある都市は叛乱を起しては罰せられていた上に、貴国も我々に以前のような好意を持っておらずに、あるものは疑いと紛糾のみであったので、成行きに任せては危険と判断したのである。さもなくば、我々からの離反者は貴国の手に早速落ちることになったであろう。何人も危険にあって最善を尽すのに非難を受ける理由はない。(中略)

 このように我々は決して驚くべきことを為したのでもなければ、人道に鶴ったことをしたのでもない。一旦、与えられた支配圏を引き受けた以上は、体面と恐怖と利益の三大動機に把えられて我々は支配圏を手放せなくなったのだ。しかしこの例は我々をもって職矢とするのではない。弱肉強食は永遠不変の原則である。そして我々にはその価値があると自負している。しかも諸君でさえこの事実を従来認めて来た。ところが今になって正義論が都合がよくなったためにそれを盾にして我々を攻撃している。力に恵まれれば、それを行使して獲得できる獲物の前を素通りする人間なぞあり得ない。支配欲は人間の本性であるが、それを力によらず正義に則って満足させる者は真に称讃に価いする。思うに、我々の権力を他の者が持ったならばいかに我々が寛容であるかを証明するであろう。ところが不当にもこの正当さが我我に賞讃どころか耕誘を招いている。たとえば同盟都市との協定下の裁判の不公平を避けて、法的に平等なわが国の法廷で我々が自他を決裁すると訴訟好きといわれる。しかも他にも自己の隷属国に対して我々よりも苛酷な態度をもって臨んでいる国々があるというのに、誰も目にとめないし、またなぜ彼らが非難されないのか、考えもしない。その理由は、力をもって圧迫する者には法は不必要なのだ。我々の平等な取引きに慣れた者たちは、裁決によろうと統治者の力によろうとも、その欲望に反して彼らを不利な立ち場に立たせるような場合は、許されている物に感謝するどころか、かえって我々が冒頭から法を無視して明らかに貧欲に振舞った結果より更に強く不満を訴える。つまり、他の場合には強者に弱者が従うのは不当であると反論する余地もないからだ。(中略)

 そこでこれは決して簡単な問題ではないのだから諸君の時間をかけた検討が要求される。なかんずく、他人の言葉や訴えに動かされて災いを自らにいてはならない。戦いに踏切る前に、その予測がいかにつけにくいかよくきわめる必要がある。つまり長期戦では偶然が大局を支配しがちになり、の偶然の前には彼我の別はないのだから、我我は先行きも不明のままに勝負を賭けることになるからだ。人は後にすべき行動を先にしてまず戦争を始めてしまう。そして痛い思いをするまで冷静に考えようとしない。こんな誤りをした事は我々にはないし、諸君もした事はないと思う。それゆえ我々両国に決定権があるかぎり、和約を守り、誓約を破らず、協定に従って合法的に紛争を解決するよう諸君に要求する。」

(出典トゥーキュディデース『歴史』小西春雄訳、世界古典文学全集十二巻所収、筑摩書房一九七一年)

copyright 2016/Everyday school