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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学 法学部 小論文 2007年 過去問

2007年 慶應義塾大学 法学部 小論文 課題文

以下の文章を読み、そこで展開されている「法」と「政治」と「歴史」の三者の関係を五○○字程度で要約し、それと関連づけながらあなた自身の考えを述べなさい。

 国家と歴史の合理化を徹底して進めたとき、それでも残るものは明らかに国際政治の軌離である。まさに二十世紀の権利回復の政治の名残であって、そのなかで被害者となった国家、民族と、加害者と見なされたそれとの対立である。(中略)国家史、民族史が書かれた主要な動機が復権の要求であり、失われたものへの記憶であった以上、この対立の解消は容易ではない。当然ながら、被害を強く記憶する国家や民族ほど、国家史、民族史の観念に固執し、それを捨てることを新たな権利喪失と感じるであろう。歴史を個人の認識に返すという非政治的な試みが、そうした国家や民族にとっては、それ自体が政治的な企てに見えるだろう。この抽考そのものが中国や韓国の人びと

 一方、加害者とされた日本人もそれをどう受けとめ、自分自身の立場をどう納得するかに悩んでいる。「東京裁判」の判決を大筋で受けいれた人も、それが告発する個別の事実については疑いを抱くことがある。第二次大戦から満州事変に遡る日本の罪を認める人でも、それがさらに明治以来の近代史すべてに及ぶという非難には首をかしげるだろう。(中略)

 しかし、こうした反発はたんに歴史について誤っているだけでなく、現に国家間で起こっている対立の本質を見誤っている。争われているのはじつは歴史的真実の問題ではなく、それとは異質の、政治的正義の問題なのだということを見誤っている。そのうえ、そこには政治的正義の本質についても素朴な誤解があって、政治的正義は世界にただ一つしかなく、譲れない真実にもとづくものだと信じられているように見える。そしてその譲れない真実こそ、歴史についての正しい認識であり、学問的真実だと思いこまれているように見える。だが、じつは政治的正義は世界にいくつもあるものであって、しかもその真の理想は何であれ真実を反映することではなく、社会の秩序と安寧を実現することのほかにはないのである。

 もちろん政治的正義も真実と無縁ではないが、その場合の真実はけっして学問的な真実ではない。政治は法と制度をなかだちに行われるが、それが拠りどころとする真実はまさに法的な真実だというべきだろう。裁判の手続きを見れば明らかなように、法は本質的に社会の秩序を目的とするものであって、絶対唯一の真実の解明をめざすものではない。最後の真実を求めて無限に見直しを繰り返す学問とは違って、裁判は、ある時点で最大多数が納得する真実を求めるにすぎない。それは最終的に個人と社会の対立する利益を調停し、相互の合理的な均衡を図るために、その目的に必要な範囲で真実を追求するにすぎないものである。

 裏返していえば、法は目的のためには真実の多少の曖昧さを許し、大きな秩序のためには小さな真実の真偽を問わないものだといえる。そもそも、どの国の裁判でも控訴の回数には限度があり、新証拠による再審請求にも厳しい制限が設けられていることが、その精神を物語っている。論争の時間に制限がなく、ときに永遠に決着のつかない学問研究と、それは本質的に異なるのである。また、刑事裁判の判決には灰色というものはなく、疑わしきは被告人の利益に適うように「白」として決定される。裁判官の心証によって状況証拠が真実として採用され、アメリカの場合などでは被告と検事のあいだに司法取引さこん認められている。民事裁判においてはこの法の精神が最大限に発揮されて、当事者間の利益に適えば真実の追求を棚上げにする、いわゆる和解という決着が広く行われているのである。

 法は現在に生きる人間のためにあるものであり、そのために法的な真実は時間というものに強く制約されている。時間のかかりすぎる裁判は、学問的に試実ではあっても、法的な正義の実現にとっては無意味であることが多い。だとすれば、同じく現在に生きる人間に奉仕し、時間に制約される政治はこの法の精神にこそなじみやすい。学問的真実と法的真実の二つの真実があるとすれば、政治的正義は後者の実現をこそめざすべきなのである。そしてこのように考えれば、現在の戦争犯罪をめぐる国際的な軌離は、具体的な解決は難しくても、少なくとも日本人の心に納得できる場所を見いだすことができるだろう。争われているのが学問的な歴史の真実ではなく、法的真実をめぐる政治の正義なのだと納得すれば、日本人は冷静に非難に耐え、対処する心の余裕を持つことができるであろう。には誰弁に見る、加害者たる日本人の責任回避として映ることは、十分に理解できるのである。

 この納得を具体的にいえば、「東京裁判」の描いた戦争の姿はまさに法的真実であって、戦後の日本はそれを政治的正義の立場から受けいれたのであった。世界の平和とより大きな秩序のために、より小さな真実の細部は不問に付することを認めたのである。たしかにあの裁判は法理的に不備のある裁判だったし、その進め方にも問題は多かけいれた。サンフランシスコ講和条約の条文のなかに、日本は「東京裁判」の判決を否定しないという誓約を明記した。それを前提にして日本は新しい国内体制をつくり、旧敵国とさまざまな条約を結び、結果として平和で豊かな社会を楽しむことができた。思えば戦争直後に獲得した天皇制の保持、占領軍による直接統治の回避、軍票の犯濫を防いだ日本通貨の維持などを手始めに、戦後日本の独立の継続と回復は、いわばあの裁判での和解、ないしは司法取引の成果だったと見ることができるのである。

 そしてこの成果の代償として、現代の日本人はいまだに決着の見えない外国の非難を受けつづけている。非難の内容は、旧被害国民にとっては歴史的真実であるが、日本人にとってはかつて認めた犯罪の「余罪」にほかならない。「南京虐殺」にしても「慰安婦問題」にしても、日本があの「侵略戦争」を全体として認めた以上、そこから状況証拠によって問われている罪なのである。日本人の目から見て非難の証拠が曖昧であり、事件の存否に論争の余地があるとしても、それは法の性質として当然だといわなければならない。あたかも近年の公害裁判のように、「東京裁判」は被害者の範囲を確定していないから、問題がより複雑になるのも覚悟しなければならない。原告団との一応の決着ののちに、すなわち政府間の講和条約締結ののちに、個別の被害者が補償を求めて現れるのも、やむをえないこととしなければならないだろう。

 これにたいする日本側の態度としては、おおむね従来の日本政府のとってきた方策が正しいといえる。一言でいえば、政府は真実よりも事態の静穏化を求め、いわゆる民事裁判の「和解」をめざしてきたのであった。状況証拠を前提として受けいれ、そのうえで、自他の利益と正当性の均衡を探して努力してきた。公害裁判とまさに同様に、目的はどちらかの側の満足ではなく、両者の不満を最小限にとどめることであった。結果として政府の態度は優柔不断なものになり、「慰安婦問題」にたいする民間財団設立のように、論理の不明確な弥縫策となって現れることもあった。だがこれはたんに政治的な緊急避難ではなく、法の精神に照らして正しい行動だったといえる。『ヴェニスの商人』のシャーイロックの昔から、法の精神は純粋な論理を実現するものではなく、当事者の心理的な妥協を目的とするものだからである。

 問題は、こうした政府の態度について、これまで明確な理論的説明がなされったことであった。そもそも日本人が戦後五十年にもなって、なぜい争の罪を相続しなければならないか、ということについての理念的なかった。それについて考えられるもっとも誤った説明は、現代の日本犯罪を犯した日本人と同じ文化を引き継ぎ、民族伝統のうえで同一の日本人だからだ、という論理であろう。そう考えるかぎり、日本人は過去の戦争犯罪を歴史的に見直すか、逆に現在の日本人を自虐的に卑下するほかはあるまい。そうではなくて、真の説明はここでもやはり法の精神に拠るべきであって、これは純然たる相続法の問題だと理解するべきであろう。相続法によれば、資産を引き継いだ者は負債をも相続しなければならない。この五十年、「東京裁判」の司法取引で利益を得た日本人は、同じ取引で約束した負の遺産をも甘受しつづけるほかはないのである。

 いうまでもなく、ここで多用した裁判用語は比喩であって、国際政治がそのまま国内法による裁判であるわけはない。国際法は未成熟だし、現実の外交に裁判官がいるわけではない。今後とも権利回復の外交紛争は続き、事態の解決には時間がかかるだろう。しかし文明の進展にとって、重要なのは何よりも精神の態度であって、事態の解決に先立つ事態についての理解である。本来の裁判の起源を想像しても、まず明確な成文法が先にあって、それから裁判制度が生まれたわけではあるまい。初めにはただ漠とした法の精神があり、それによって現実の裁判が繰り返されるなかで、しだいに法が明文化されてきたはずである。国際政治もとりあえず一国ずつ歴史主義を捨て、法の精神にのっとって行動する政府が増えて行けば、ここで用いた比喩が比喩でなくなる日が来るのも夢ではあるまい。

(出典)山崎正和『歴史の真実と政治の正義』(中央公論新社、一○○○年)

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