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年中無休の家庭教師 毎日学習会

慶應義塾大学SFC 総合政策学部 英語 2013年 大問二 内容一致問題

内容一致四択問題

■ 第3段落
3:1大半の政治生態学者にとって,このような研究手法はやや鋭すぎる諸刃の剣である。
3:1 For most political ecologists, this approach is somewhat too sharp a double-edged sword.
3:2 それによって,どのように政治的に権力を付与された環境科学が私たちの周りの世界の環境に影響を及ぼし,それを創造してきたのかを批判的に検証できるようになり,それは重要な政治的,生態学的企てではあるのだが,その一方,この手法では,結果を説明するのに人間以外の関与要因や過程(土壌や樹木,気候といったような)に言及することはできない。
3:2 While it [34](1. defies 2 undergoes 3. allows) a critical examination of how politically empowered environmental science has influenced and created the environments of the world around us, which is an important political ecological project, this approach does not allow us to make [35](1. adaptations 2 contributions 3. references) to non-human actors and processes (like soil, trees, and climate) In explaining outcomes.
3:3 このために,極端な構成主義は多くの研究者にとって魅力に欠けるものとなる。
3:3 This makes hard constructivism unattractive to many researchers.
3:4森の住人や,遊牧民,宗教哲学者といった他の社会団体によって保持されている代替的な環境構成を受容し正しく評価するための価値ある開放的な空間が生み出される一方で,この手法のために,象徴的な人間的制度がそれ以外のすべての現実より以上に重要となり,一見従来の環境科学の経験による調査が無力化されてしまうのである。
3:4 while producing a valuable open space for accepting and appreciating alternative constructions of the environment held by other social communities, like forest dwellers, nomadic herders, and religious philosophers, this approach makes the symbolic systems of humans [36](1. sovereign 2. go 3. carry) over all other reality, apparently disabling empirical Investigation In traditional environmental science.

■ 第11段落
11:1 この研究手法は実利的な妥協ではあるが,科学と政治を見守る多くの人々にとって厄介なものである。
11:1 This approach is a pragmatic compromise but is troubling for many observers of science and politics.

11:2哲学的,歴史的観点からすると,それはどこか説得力に欠け,均衡を失している。社会制度的な構成主義は,ただ誤りだけが,科学的な事実が誤っているという事態だけが社会的に説明可能でありながら,一方で事実と自然の真の理解とには,社会的な要素は何もないと主張する。
11:2 From a philosophical and historical point of view, it is some what unconvincing and asymmetrical; social institutional constructivism Insists that only falsehoods, those situations where scientific facts are wrong, can be explained socially, whereas facts and true understandings of nature have no social component.

[51] Which of the following best represents the author’s position about the constructivist approach or constructivism in political ecology?
1. Whatever type of constructivism is used, studying the construction of nature is difficult and presents complex methodological problems.
2. The constructivist approach is more viable than orthodox scientific approaches to account for ecological problems.
3. The scientific approach should be improved to minimize the impact of the constructivist approach in the field.
4. A clear line needs to be drawn between the constructivist approach and the scientific investigation, because there is no compromise.

・解答 [51]―1
>[51]「次のうちどれが、政治生態学の構成主義的な研究手法や構成主義に関する著者の立場を最もよく表現しているか」
1.「どの種類の構成主義が使われるとしても、自然の構成を研究することは困難であり、複雑な方法論的な問題を生じる」
2.「構成主義的な研究手法は、正統的な科学的理解よりも、生態学的な問題を説明する見込みが大きい」
3.「科学的な研究手法は、その分野の構成主義の衝撃を最小化するように改善されなければならない」
4.「構成主義的な研究手法と科学的な調査の間には明確な一線が画される必要がある。なぜなら、妥協点はないからである」
本文は様々な構成主義が紹介され、それぞれが比較検討されているが、著者がそれについてどのような立場に立つか、また、どのような構成主義が優れているのかも、明確に述べられていない。1については、要するにどの構成主義がよいとも決まらないという趣旨なので、誤っているとは言えない。2は第3段最終文の「象徴的な人間的制度がそれ以外のすべての現実より以上に重要となり、一見従来の環境科学の経験による調査が無力化されてしまう」という記述に反するので誤り。3は科学的な理解に焦点があるが、本文は「構成主義」の記述が焦点である。さらにこのような記述は本文中に見られない。よって誤り。4は、第11段冒頭の「この研究手法は実利的な妥協である」という記述に反する。したがって、1が正解。

■ 第2段落
2:1 その最も急進的な形である,「極端な」構成主義は,環境の知識の,この象徴的で観念的な特性をきわめて真剣に受け止める。
2:1 In its most radical form, “hard” constructivism[31](1. takes 2. puts 3. gets) this symbolic and ideational character of environmental knowledge extremely seriously.
2:2 ただ社会的な状況のみが世界を理解するための概念を条件づけ,決定し,そうして世界をその過程で,少なくとも実質的に創造するのだと,その考えは主張する。
2:2 It insists that it is social context alone that conditions and determines our concepts for understanding the world, and [32』(1. here 2. so 3. there) creates the world, at least effectively, in the process.
2:3 こうした立場は,物事が真なのは,社会的に権力のあるものや影響力のあるものがそれを真だと考えているからであり,テレビ上では真だから,私たちの心の中では真だからだと,示唆している。
2:3 This position suggests that things are true because they are held to be true by the socially powerful and influential, because they are true on television, and because they are true In our minds.

2:4科学哲学者のスティーブ=ウールガーが主張するように,「自然と現実は,科学的な活動の事前決定要因であるというよりむしろ,副産物なのだ」。
2:4 As philosopher of science Steve Woogar insists, “nature and reality are the by-product rather than the pre-determinants of scientific activity.”
2:5 それゆえに環境的な対立は,自然論をめぐる争いなのであり,そこでは一団体が優勢となるにしてもそれは土壌浸食とか,地球温暖化,オゾン量減少といった変化のよりよい,あるいはより正確な説明ができるからではなく,真理に関する合意を生み出す社会的な権力に接近し,その権力を動員するからなのだ。
2:5 Environmental confects are, therefore, struggles [33](1. over 2. without 3. around) ideas about nature, in which one group prevails, not because they hold a better or more accurate account of a process―soil erosion, global warming, ozone depletion―but because they access and mobilize social power to create consensus on the truth.

[52] What does Steve Woolgar mean by “nature and reality are the by-product rather than the pre-determinants of scientific activity” in the 2nd paragraph?
1. Science deals with nature independently, but reality is not the same as nature.
2. Nature and reality are the objective targets of scientific Investigation.
3. Neither nature nor reality exists as an objective entity.
4. Scientific studies distinguish what is real from what is merely conceptual.

・解答 [52]―3
>[52]「スティーブ=ウールガーは第2段の「自然と現実は、科学的な活動の事前決定要因であるというよりむしろ、副産物なのだ」という発言で何を言おうとしているのか」
1.「科学は自然を独立して取り扱うが、現実は自然とまったく同じではない」
2.「自然と現実は科学的な調査の客観的な対象である」
3.「自然も現実もどちらも客観的な実体としては存在していない」
4.「科学的な研究は現実的なものと単なる概念上のものとを区別する」
第2段第3文に「物事が真なのは、社会的に権力のあるものや影響力のあるものがそれを真だと考えているから」とある。それはつまり、物事は主観的な存在にすぎない、ということだから、言い換えれば「客観的な実体」は存在しない、ということである。よって、正解は3だと決まる。

■ 第3段落
3:1大半の政治生態学者にとって,このような研究手法はやや鋭すぎる諸刃の剣である。
3:1 For most political ecologists, this approach is somewhat too sharp a double-edged sword.
3:2 それによって,どのように政治的に権力を付与された環境科学が私たちの周りの世界の環境に影響を及ぼし,それを創造してきたのかを批判的に検証できるようになり,それは重要な政治的,生態学的企てではあるのだが,その一方,この手法では,結果を説明するのに人間以外の関与要因や過程(土壌や樹木,気候といったような)に言及することはできない。
3:2 While it [34](1. defies 2 undergoes 3. allows) a critical examination of how politically empowered environmental science has influenced and created the environments of the world around us, which is an important political ecological project, this approach does not allow us to make [35](1. adaptations 2 contributions 3. references) to non-human actors and processes (like soil, trees, and climate) In explaining outcomes.

3:3 このために,極端な構成主義は多くの研究者にとって魅力に欠けるものとなる。
3:3 This makes hard constructivism unattractive to many researchers.
3:4森の住人や,遊牧民,宗教哲学者といった他の社会団体によって保持されている代替的な環境構成を受容し正しく評価するための価値ある開放的な空間が生み出される一方で,この手法のために,象徴的な人間的制度がそれ以外のすべての現実より以上に重要となり,一見従来の環境科学の経験による調査が無力化されてしまうのである。
3:4 while producing a valuable open space for accepting and appreciating alternative constructions of the environment held by other social communities, like forest dwellers, nomadic herders, and religious philosophers, this approach makes the symbolic systems of humans [36](1. sovereign 2. go 3. carry) over all other reality, apparently disabling empirical Investigation In traditional environmental science.

[53] With reference to the 2nd and the 3rd paragraphs, the author uses the term “politically empowered environmental science” to mean that
1. politicians support environmental science in order to give power to it.
2. environmental science is not immune to power structure.
3. politics makes environmental science more powerful.
4. environmental science is politically influential.

・解答 [53]―2
>[53]「第2・3段に関連して、著者は「政治的に権力を付与された環境科学」という用語を使っているのは、(    )ということを意味するためである」
1.「政治家が環境科学を支えるのは、それに力を与えるためである」
2.「環境科学は権力構造に影響されないわけではない」
3.「政治は環境科学をより強力なものにする」
4.「環境科学は政治的に影響力を持っている」
第2段の主旨は「客観的な環境科学というものはなく、権力が認めたもの。力を付与したものが、真とみなされる」ということだった。それはとりもなおさず、「環境科学」が「科学的な真理」ではなく、「権力」を背景とした科学だということを意味する。第3段ではそうした理解にどのような功罪があるかが記述される。これを前提に環境科学と、権力との関係を考えると、「環境科学は権力によって左右される」ということになる。そのような主旨を述べる選択肢は2である。

[54] Which of the following does NOT fit the author’s description of “hard constructivism”?
1. There should be alternative views and constructions of the world if people have different perspectives.
2. The truth about the world is not given, but rather something that is produced by the people who are socially powerful and influential.
3. Our conception of the world is symbolically constructed in a social context, but it is objective, scientific facts that determine the validity of such constructions.
4. Mass media contributes to social constructions of the world and consensus-making on the “truth.”

・解答 [54]―3
>[54]「次のうちどれが著者の「極端な構成主義」の記述にそぐわないか」
1.「もしも人々が異なる見方をしているなら、世界の別の見方や構成があってしかるべきである」
2.「世界に関する真理は所与のものではなく、むしろ社会的に権力をもち影響力のある人々によって生み出されるものである」
3.「私たちの世界観は、社会的事情の中で象徴的に構築されるが、しかしそうした構成要素の有効性を決定するのは客観的、科学的な事実である」
4.「マスメディアは世界の社会的な構成と「真理」に関する合意形成に貢献する」
「極端な構成主義」に関しては、第2・3段に記述がある。その要諦は第2段第2文の「ただ社会的な状況のみが、世界を理解するための概念を条件づけ、決定する」という記述である。よって、「人々の見方」は社会的な状況の一部であるから,1は正しい。2も同様に正しい。3は後半の「客観的…な事実」以下が,「極端な構成主義」の主旨に反している。「マスメディア」も,社会的な状況の一要素であるから,4は正しい。

■ 第5段落
5:1最初の事例では,「人種」といった,誤った,社会的に偏向した世界分類法が,たとえそれらの実体である,一貫した,人種的に分化した遺伝的な差異が客観的に存在しないとしても,理解したり,探求したりするには重要となる。
5:1 In the first case, false and socially biased categories of the world like “race,” are important to understand and explore even while their reality―consistent, racially-differentiated genetic differences―does not objectively exist.
5:2人々はそれらを経験的に保持しているので,こうした概念や社会的な構造物は世界に差を生じ,しばしば,有害な結果を生じるが,それゆえに,理解しておく必要がある。
5:2 Since people hold them [39](1. importantly 2. experimentally 3. experientially), these concepts or social constructions make a difference In the world, often with harmful effects and therefore need to be understood.
5:3自然に対するこのような「社会的物体」的な研究手法は,政治生態学者にとって魅力的である。というのも彼らは生態科学が土壌浸食といった現実の環境の趨勢を明らかにすることができる一方で,社会的な調査によって,無知な人々がどのようにして誤った世界像を,権力が付与された社会的な過程を経て生み出すのかを示しうると考えるからである。
5:3 This “social object” approach to nature is attractive for political ecologists, who are able to assume that ecological science can reveal real environmental trends, like soil erosion, while social investigation can show how ignorant people can create false pictures of the world through power-laden social processes.

5:4 このような研究手法は大半の研究者にとって満足のいくものなのだ。なぜなら,彼らは自分が科学者だと考えているからである。
5:4 This approach is satisfactory for most researchers since they consider themselves scientists.
5:5彼らは科学という道具を使って問題を見るという彼らの手法が偏向した不正確な自然観を暴くのに役立つと主張することができるのである。
5:5 They can insist that their way of seeing the problem, using the tools of science, helps to unmask biased and incorrect views of nature.

[55]Which of the following best summarizes the 5th paragraph?
1. political ecologists have to be careful about false understandings of our reality brought by the “social object” approach. Otherwise, their scientific study can be misled.
2. The “social object” approach shows that people can have an erroneous conception of the world. It is the tools of science that give us true understandings of the world
3. The “social object” approach is effective in dealing with social concepts such as “race,” but it does not hold in the area of political ecology.
4. Political ecologists are aware that ecological science must be at the heart of their research, but people’s false understandings of the world make their scientific research difficult to carry out.

・解答 [55]―2
>[55]「次のうちどれが第5段の要約として最もよいか」
1.「政治生態学者は,『社会的物体」的な研究手法によってもたらされる。今の現実の誤った理解に用心しなければならない。さもなければ,彼らの科学的な研究が誤解を招くこともありうる」
2.「『社会的物体」的な研究手法によって,人々が世界に関して誤った概念をもちうることが明らかになる。世界に関する正しい理解を私たちに授けるのは科学という道具である」
3.「『社会的物体』的な研究手法は『人種」といった社会的概念に対処するのに効果的であるが,政治生態学の分野にはそれは当てはまらない」
4.「政治生態学者は,生態学が自分たちの研究の中心に位置しなければならないと知っているけれども,世界に関する人々の誤った理解のために,彼らの科学的な研究は,行いにくくなる」
1は同段第3文の内容に反するので誤り。2は同段第3文後半(while social investigation…)以下,段落の主旨をよく反映している。よって正解。3は第3文前半の「政治生態学者にとって魅力的である」という記述に反する。4の「中心に位置する」の部分は,第5段の記述にはないので不適切。

■ 第7段落
7:1生態学の歴史はこの面では,啓発的である。
7:1 The history of ecology is revealing in this respect.
7:2自然の仕組みの作用についての支配的な理論は,一貫してその時代の支配的な社会的言語と前提を反映してきた。
7:2 The dominant theories of the operation of natural systems have consistently reflected the prevailing social languages and assumptions of their times.

7:3高度工業時代の間に登場してきたので,生態学という科学は機械工学に由来する比喩や概念に強く依存するようになり,秩序正しい周期的な過程が,均衡と相称とを取り巻く構造をもつようになった。
7:3 [41] (1. Underachieving 2. Culminating 3. Emerging) during the high Industrial age, the science of ecology came to depend heavily on metaphors and concepts from mechanical engineering, with orderly, cyclical processes structured around balance and symmetry.
7:4 それはまた哲学的なロマン主義と,全体論と相互依存に対する執着とに,強くまたいくらか矛盾をはらみながら,依存していた。それはヘンリー=デイヴィッド=ソローのようなロマン主義の作家に見られるのと同様である。
7:4 It also [42](1. laid 2 drew 3. carried) heavily, and somewhat contradictorily, upon philosophical Romanticism and the obsession with holism and interdependence, as is found in Romantic writers like Henry David Thoreau.
7:5 こうした比喩に科学は依存しているのだが,それらが近年不十分となってきたのは,いずれそれらが現実をよく反映しなくなったか,あるいは変わりゆく社会的文化的な規準に適応しなくなったかであり,今や激変状態にあるのである。
7:5 These metaphors, on which science depends, became unsatisfactory in recent years, either because they reflected reality poorly, or didn’t fit changing social and cultural codes and now are In a state of [43](1. satisfaction 2. agreement 3. upheaval).

[56]In the 7th paragraph, the author refers to “metaphors” to illustrate that
1. theoretical creativity and originality come from interesting metaphors as revealed by careful studies of metaphors in science.
2. theories based on metaphors do not have solid empirical ground and should not be accepted unconditionally.
3. if the prevailing metaphor changes, then the scientific community must fight against it.
4. the history of ecology has been influenced by the dominant metaphors of the times.

・解答 [56]―4
>[56]「第7段で,著者が『比喩」に言及しているのは,(    )ことを例証するためである」
1.「理論的な創造性や独自性が面白い比喩に由来するのは,科学の中の比喩に関する入念な研究によって明らかとなっているとおりである」
2.「比喩に基づく理論は堅牢な経験論的根拠をもたないし,無条件に受け入れるべきでもない」
3.「もしも広く行き渡っている比喩が変われば,学界はそれに抗して戦わなければならない」
4.「生態学の歴史はその時代時代の支配的な比喩に影響されてきた」
第7段で比喩に言及されるのは,第2文に示されるように「自然の仕組みの作用についての支配的な理論は,一貫してその時代の支配的な社会的言語と前提を反映してきた」からである。「その時代の支配的な社会的言語と前提」を端的に表現するのがmetaphor「隠喩,比喩」なのである。そのような理解が表現されている選択肢は4である。迷うとしたら2であるが,第7段では,比喩に基づく理論が経験論的根拠をもつか否かについては述べられておらず,「無条件に受け入れるべきでもない」という批判的な見解までは読み取れないため不適。

■ 第8段落
8:1 このことはまったく驚くに値しないと,生態学者のダニエル=ボトキンは主張する。以前の自然観は,有機的な全体としてであれ,神聖な秩序をもった一家としてであれ,明らかに,自然の秩序を説明しようと努めていた人々に利用可能な社会的言語を反映していた。
8:1 This should be in no way surprising, ecologist Daniel Botkin Insists: Previous views of nature, either as an organic [44](1. food 2 element 3. whole) or as a divinely ordered house, clearly reflected the social languages available to those who sought to explain nature’s order.
8:2 だから,ドナ=ハラウェイによって入念に詳細にわたって研究された霊長類学の歴史もまた,同様の社会的に制約された進化を示しているのである。チンパンジーとゴリラに関する調査と実験の変わりゆく主題(母親の本能攻撃,競争)はその歴史的な時期における社会の関心を反映しているのである。
8:2 So too, the history of primatology,* studied In careful detail by Donna Haraway, shows similar socially-bounded evolution; the changing topics of explorations and experiments on chimpanzees and gorillas (maternal instinct, aggression, competition) reflect the social concerns of their historical moment.
8:3 それは,動物行動学の秩序だった進化というよりむしろ現代アメリカ文化の歴史のように読める。
8:3 It reads more like a history of contemporary American culture than orderly evolution of animal ethology. **
8:4私たちの科学的な自然思想は,必然的にそれらが形成される場となった社会的条件と支配的な比喩とを反映している。
8:4 Our scientific ideas of nature inevitably reflect the social conditions and dominant metaphors in which they were formed.
8:5 このことは必ずしも悪いことではない。
8:5 This is not necessarily bad.
8:6変わりゆく比喩とともに,世界を考慮し再構成する新しい方法がやってくるのである。
8:6 With changing metaphors come emerging ways of thinking about and [45] (1. reproducing 2. reinventing g 3. reaching) the world.
8:7科学は「社会的物体」を免れることはできない。
8:7 Science is not free of “social objects.”

[57]
The history of primatology is mentioned in the 8th paragraph in order to illustrate that
1. the scientific study of gorillas and chimpanzees has followed a socially conditioned path similar to the case of political ecology.
2. the topics of exploration in primatology have been discussed within the framework of cultural studies.
3. primatology and political ecology have used semantically similar metaphors when framing theories in their respective fields.
4. primatology has given political ecologists insightful ideas when they develop their thinking about the world.

・解答 [57]―1
>[57]「第8段で霊長類学に言及しているのは,(    )を例証するためである」
1.「ゴリラとチンパンジーの科学的研究は,政治生態学の事例に類似した社会的に条件づけられた経路をたどってきた」
2.「霊長類学の探求の話題は文化研究の枠組みの内部で議論されてきた」
3.「霊長類学と政治生態学は,それぞれの分野で理論を作り上げる際に意味論的に類似した比喩を用いてきた」
4.「霊長類学は政治生態学者がその世界観を育むときに,彼らに洞察に満ちた発想を提供してきた」
霊長類学に対する言及の目的は,同段第2文「霊長類学の歴史もまた,同様の社会的に制約された進化を示していた」に端的に示されている。ここで「同様の」とは,前段で示されたように,生態学がその時代の支配的な社会的言語と前提を反映するのと同様だということ。すなわち,霊長類研究に言及したのは,その研究もまた生態学同様,社会的言語と前提とを反映することを例証するためだったのである。そのような理解にふさわしい選択肢は,1である。

■ 第9段落
9:1 また別の穏健な構成主義的な研究手法である,「社会制度的な構成主義」が認めるのは,そうした偏見が科学的な実践の構造的な一部であるが,にもかかわらず,それらは客観的な物質世界の条件を決定するだけではないということなのだ。
9:1 An alternative soft constructivist approach, “social institutional constructivism,” allows that such biases are a structural par t of scientific practice, but that they nevertheless do not solely determine the conditions of the objective material world.

9:2 むしろ,科学のこうした概念的な偏向は,なぜ科学がときに事実を誤認するのかを説明するのに役立つ。
9:2 [46](1. Rather 2 Moreover 3. Hence) these conceptual biases in science help to explain why science some times gets facts wrong.
9:3社会制度的な構成主義論者にとって,誤った自然観念は,学界の必然的な「社会性」の産物なのである。
9:3 For social institutional constructivists, wrong ideas about nature are a product of the inevitable “socialness” of scientific communities.
9:4 しかしながら,時間とともに,また実験と反証の進行につれて「社会的な」観念は私たちの自然理解からは除去され,自然界の物体の正しい理解へと進んでいく。
9:4 Overtime, however, and through progressive experimentation and refutation the “social” ideas are purged from our understanding of nature, moving towards a true understanding of the objects of the natural world.

9:5社会制度的な構成主義論者の意見では,現代生態学と生命科学が,客観的な構造に対する自らの分析の基礎を支える比喩についてますます反省的になるにつれて,とりわけそう言えるようになる。
9:5 This is especially true, a social institutional constructivist might argue, as contemporary ecology and life sciences become more and more reflexive about the metaphors that [47](1. understand 2. underpin 3. underestimate) their analysis of objective systems.

[58] The phrase “the inevitable ‘socialness’ of scientific communities” in the 9th paragraph means that when they develop their theories, scientists
1. can escape from the reality of being members of a social community.
2. must become aware of the social power over their communities.
3. must emphasize the roles of as society in which they live.
4. cannot be free from the influence of social construction.

・解答 [58]―4
>[58]「第9段の『学界の必然的な「社会性」という語句が意味しているのは,科学者がその理論を育むときに,彼らは(    )ということである」
1.「社会的な団体の一員であるという現実から逃避できる」
2.「自分たちの社会を支配する社会的な権力に気づかざるを得ない」
3.「自分たちの暮らす社会の役割を強調しなければならない」
4.「社会的な構成の及ぼす影響を免れることはできない」
第9段では,「学界の必然的な『社会性』」は「誤った自然思想」を生み出す原因であると指摘されている。そして第8段には,科学が生む自然史思想は「必然的にそれらが形成される場となった社会的条件と支配的な比喩とを反映」するのだという指摘がある。以上から,「必然的な社会性」というのは,科学者に必ず影響を及ぼす社会的な要因のことだとわかる。そのような理解にふさわしい選択肢は,4であると判断できる。

■ 第10段落
10:1政治生態学への取り組みとして,これはおそらく最もよくある魅力的な妥協であろう。
10:1 As an approach to political ecology, this is perhaps the most common and attractive compromise.
10:2大半の研究者の主張するところでは,知識はすべて多様であり,そして様々な経験は,生物学者,遊牧民,歴史家,農民,森の民の経験と同様,自然世界の客観的な現実を解釈するためのきわめて多様な分類上の構造を実際に生み出す。
10:2 Knowledges are all different, most researchers maintain, and different experiences, like those of biologists, herders, historians, famers, and foresters, [48』(1. counter-intuitively 2 are unlikely to 3. do indeed) produce extremely different categorical structures for interpreting the objective realities of the natural world.

10:3 そうではあっても,こうした知識は局所的な理解方法を,柔軟ではあるが厳密な科学的構造へと組み込むことによって検証することができる。そして,そのような構造によって,現実から神話をこし取り,よりよい,より解放的な知識を生み出すことになるだろう。
10:3 Even so, these knowledges can be examined by incorporating local ways of knowing into a flexible but rigorous scientific framework, which will distill myths from realities and produce better, more emancipatory knowledge.
10:4科学のもつ社会的に位置づけられた特性を認めながらであれば,そうした手法はなおも相争う主張を検証するのに利用することができるのである。
10:4 [49](1. Acknowledging 2. Refuting 3. Reinforcing) the socially situated character of science, the method can still be used to test contested claims.

[59] Which of the following is stated in the 9th and 10th paragraphs as a claim of “social institutional constructivism”?
1. People categorize the world according to their own interests, and scientific knowledge is one type of categorization.
2. Science and social constructivism are essentially different practices, and do not permit a compromise between the two.
3. Life science and contemporary ecology are the areas of investigation which are socially institutionalized.
4. Due to its conceptual biases, social institutional constructivism cannot attain a true understanding of nature.

・解答 [59]―1
>[59]「次のうちどれが,第9段と第10段で『社会制度的な構成主義」の主張として述べられているか」
1.「人間は世界を自分自身の興味によって分類するのであり,また科学的な知識は一種の分類概念である」
2.「科学と社会的な構成主義は本質的に異なる実践であり,両者の間の妥協は不可能である」
3.「生命科学と現代生態学は社会的に制度化された研究分野である」
4.「概念的な偏向のために,社会制度的な構成主義は自然の真の理解を達成することはできない」1は第10段第2文の記述をまとめたものであり,制度的な構成主義の主張であると言える。よって正解。2は第9段冒頭に反する。3については何かが社会制度化しているかどうかと,どんな科学も社会的な影響を免れないという社会制度的な構成主義の主張とは関係がない。4は,第9段第4文に反する。

■ 第12段落
12:1 どのようにして環境的な概念が有力で正しいものになるのかということに際立った興味をもつ一部の政治生態学者にとって、このことはきわめて不満足なものかもしれない。
12:1 For some political ecologists who are most definitely interested in how environmental concepts become powerful and true, this might be quite unsatisfactory.
12:2 そうした研究手法が機能するのは、自然に関する支配的な説明を含めて「誤っている」と私たちが信じている物事を説明するためだけでしかなく、またその主張がどのようなものであるにしても、それらが誤っており、科学的に不当であるとすでに確信している場合だけでしかない。
12:2 Such an approach only functions to explain things that we believe to be “wrong” including the dominant account of nature, and only if we are [50] (1. already 2. still 3. far from ) confident that whatever the claims are, they are wrong, and scientifically untrue.
12:3一般に、これはつまり、他者(国有石油保護論者や、世界銀行の役員、種子会社の代表者のような「敵」)の主張は「構成」であるとして処理できる一方で、他の団体(地方の放牧民や漁民のような「味方」)の主張は環境的な「知識」として提示することができるということである。
12:3 Generally this means that the claims of others (“enemies” like state oil conservationists, World Bank officers, or seed company representatives) can be disposed of as “constructions,” while the claims of other parties (“allies” like local herders or fishermen) are held up as environmental “knowledge.”
12:4 こうした味方の知識でさえも、科学的実地検査に通らない場合には、それらもまた構成となるのである。
12:4 Where even those allies’ knowledges fail the practical tests of science―whatever that is taken to mean―they too become constructions.

[60] The main idea of the 12th paragraph is that the constructivist approach
1. lacks a set of solid criteria to differentiate scientific facts from social constructions, and hence can be used arbitrarily.
2. highlights the social aspect of knowledge more strongly than the scientific aspect of knowledge, and thus produce social biases.
3. operates In such away as to rationalize the claims of those who do not maintain the dominant account of nature, and thus encourages a power struggle.
4. has an important function of telling what is wrong from what is right in a variety of claims about ecological concerns, thus functioning as Occam’s razor.

・解答 [60]―1
>[60]「構成主義的な研究手法は(    )というのが,第12段の主旨である」
1.「科学的な事実を社会的な構成要素から区別するための一組の堅固な規準を欠いており,それゆえに恋意的に利用されることもありうる」
2.「知識の社会的な一面を,知識の科学的な一面よりも大きく強調するので,社会的な偏向を生む」
3.「自然の支配的な説明を主張しない人々の主張を合理化するように作用し,それによって権力闘争を奨励する」
4.「生態学的な関心事についての様々な主張の中で,間違っていることを正しいことから区別するという重要な機能をもち,それゆえにオッカムのカミソリとして機能する」
1の前半は同段第2文が指摘する内容であり,後半は,最後の2文の指摘する内容である。よって正解。2は構成主義的な研究手法が誤りを除去する手法である,とする本文の主旨に反する。3については「権力闘争を奨励する」という記述がない。4は「オッカムのカミソリとして機能する」という記述はどこにもない。Occam’s razorとは「無用な複雑化を避け,採るべきだという原則」のことである。

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