ウォレスさん

日本の公立小学校を卒業し、シンガポールのインターナショナルスクールに移った自分は、
英語が喋れたものの読むこと、書くことはほとんど出来ず、他の教科を全て落として英語に集中した。中学2年になり、英語がある程度できるようになった自分は、次に遅れを取っていた数学や理科に力を入れ追いつこうとした。
しかし、私が通っていた学校はより大きいキャンパスに移転すると発表し、自分が好きだった先生方が次々と辞めていった。これを期に自分も高校を移ったのだが、インターナショナルスクールはどの国に基づいているのかによって周期が変わる。私の場合、元々いた学校はイギリスに基づいて9月始まりだったのだが、新しい学校はシンガポールの1月始まりを利用していた。またこの遅れを取り戻そうと頑張ったがIB(国際バカロレア)では、日本のA欄大学に入学を認められるような点数を取れず、大学進路アドバイザーにも「もっとレベルを下げないと大学に入れないぞ」とまで言われた。
SFCには先輩方も数人おり、一度キャンパス見学に行ったのだがGIGAという国際プログラムのことしか聞いておらず、IBの点数で絶望した私は慶應、早稲田、MARCHさえも諦めていた。しかし母の強い押しに負け試験内容を見てみると英語と小論文だけで受けられると知った。11月に卒業し、時間が有り余り大学も決まらないまま家でのんびりしていた自分にはこれが大きなチャンスのように見えた。2ヶ月半、小論文を書きまくればなんとかなるかもしてないという希望が見えたのだ。母はやっきになって小論文を教える塾を探し、数日後にリンクを送ってきた。それが毎日学習会との出会いだった。
初めてSFCの小論文の過去問をやってみたときは4時間かけて、ひらがな、カタカナ、小学生レベルの漢字で構成された作品を書き上げ、SFC小論文の難易度にあ然とした。とにかく、内容を少しずつ訳していき理解を深め、自分の答えを訳しながら小論文を書いていた。これを一ヶ月続けたが、日本語で上手く自分の考えを伝えられず、漢字も誤字脱字が多く、成長を体感出来なかった期間に入った。
2月に、日本に帰国し山梨の合宿施設で追い込みで小論文の練習をしていたとき、林代表に「実効性はどれほど具体的に考えられているか、新規性は足す、引く、掛ける、割るで自然と出てくる!」と言われ書き方が大幅に進歩した。さらには、無駄に考える時間もへり、直前合宿では一日に最大で4つの小論文を全て時間内に書ききるまでの実力がついた。また、様々な予想問題を通して対応できる範囲も大きく広がった、情報や政策だけでなく、統計やテロ、地方創生などのトピックに関した小論文を書き、図やグラフ、イラストで説明する問題から、多くの引き出しを増やすことに成功した。
受験本番では、どちらの学部も方針を変えており、試験内容は過去の問題とは似ても似つかぬものとなっていた。予想問題も多少似ていたものはあったが、かなり変わっており最初に見た時には、頭が真っ白になった。しかし、毎日学習会で学んだものは答えるパターンでは無く、新しいものにでも小論文を書ける対応性だ。落ち着いて問題をもう一度見たら、回答案が頭に浮かび、自分の力を出し切ることができた。そして結果的に環境情報学部と総合政策学部のW合格を達成することができた。

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