上智大学 文学部 特別入試 志望理由書 提出例(小林幸夫ゼミ向け)

■ 議論の整理
私は、小学生の頃から父の本棚にあった本をジャンルを問わず読むことが好きだった。その中でも繰り返し手にとって読んだのは、芥川龍之介をはじめとした日本近代文学の短編で、人間の業の深さを深く掘り下げて見せる世界に夢中になった。そして、芥川作品の多くは平安時代の古典をはじめとして、様々な物語の構造を下敷としていることを知り、背景理解を踏まえることで、作品のおもしろさがより立体的になっていくことに気づかされた。

■ 問題発見
私は個人で小説を楽しむことを超えて、自分が気づかなかったような視点からも作品への理解を深めたいという目的で文学部への進学を考えた。しかし、小説を文学として読むということはどういうことだろうか。

■ 論証
小林教授によると、文学作品に向き合う時、現在二つののあり方が確認されている※。レクチュールとは文学作品を生産者と消費者との関わりの中で論じるときのあり方であり、作品をどう受容し消費するかが問題となり、読者の立場は作者ではない〈語り手〉が語ることの鑑賞者となる。もう一つのレズールは作品を厳密に読み、精緻に読解して批評につなげることであり、読者の立場は解説者となる。文学の研究はレクチュールを踏まえてリズールを行うことであり、この往復作業を通して、私は多くの人を揺さぶる作品の背後にあるものを明らかにしていきたい。

■ 結論
とくに近代の作品に焦点を当てたのは、この時代においては作家自身が近世から近代への過渡期を生き、西洋思想を媒介とした新たな言葉を獲得する時期であるからだ。作家の中にある日本的なものと新しいものとの葛藤がどのように描かれるのか、〈語り手〉を通してどのように〈読み手〉に受容されていくのかを見つめていきたい。

■ 結論の吟味
文学は、その作品を通して人や社会と向き合う作業であり、文学を専攻しようがしまいが、その作業は人間性の涵養や思考訓練に繋がると私は考える。大学の4年間を通してその知的作業や訓練を積み、将来は文学作品を読む喜びを伝える仕事に携わりたい。そのために、日本近代文学を多様な観点から捉えることができる貴学の文学部に進学し、小林幸夫教授をはじめとする教授陣に学ぶことを強く希望する。

※小林幸夫. (2014). 芥川龍之介 「青年と死と」 論: 戯曲のレクチュール. 上智大学国文学科紀要, (31), 39-63.

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