上智大学 総合グローバル部 特別入試 志望理由書 提出例(小牧昌平ゼミ向け)

■ 議論の整理
アフガニスタンは、シルクロードとインド方面を結ぶルートにあり、古くから東西の交通路として栄え「文明の十字路」 と呼ばれてきた。 ヘレニズム文明、ゾロアスター教、イスラム教、仏教などの文明が交錯し、自然条件は厳しく産業は興りにくかったが、豊かな文化遺産に恵まれた地域であった。しかし、 アフガニスタンをめぐる研究の多くは、 イギリスやロシアによるいわゆるグレート・ゲームの枠組みの中で、主にイギリス側の視点や政策決定過程が中心課題であり、アフガニスタンの内側からの研究は未だに少ない※。また、ソ連の侵攻以降は、イスラーム過激派政権や国際テロ組織の拠点としてのイメージが強く印象づけられ、アフガニスタンという地域そのものへの視座は一層弱まっていると感じる。

■ 問題発見
しかし、そのような研究の現状が、いつまでもアフガニスタンを大国の狭間で翻弄される緩衝国というイメージを強化してしまうのではないだろうか。混迷の状態にあるアフガニスタンの今後を考えていくうえでも、内側からの国家の成立過程を整理・検証することは重要であり、私は学術研究の立場から貢献できることを探りたい。

■ 論証
現在のアフガニスタンの原型は、1747年にカンダハールでアフマド・シャーによって建国されたドッラーニー朝のアフガン王国であるとされている。しかし、小牧教授はアフマド・シャーによる建国宣言によってすぐにイランからの分離独立が成立したわけではないと指摘し、その過程を様々な切り口から追っている※2。私はその前身ともいえるアフシャール朝のナーデル・シャーの暗殺による動揺からとその後の過程において、中央集権的な統合政策に加え、古くからの重要な拠点都市であり、現在のイランとの国境沿いに位置するヘラートの歴史的変遷に注目してみたい。

■ 結論
そのためには、アフガニスタンのペルシャ語であるダリー語での文献調査や現地調査が必要である。ダリー語を学ぶことで、アフガニスタンはもちろんのこと、ペルシャ文化圏を視野に入れた研究の幅を広げたい。

■ 結論の吟味
上記の目的を追求するために、貴学の小牧昌平教授のゼミに入会し、国際関係論的視点や地域研究の方法論を学ぶことを強く希望する。

※1 小牧昌平. (2007). 近代アフガニスタン国家の成立過程–ヘラートの事例を中心に (特集: イラン世界とその周辺地域–その形成と展開). 上智アジア学, (25), 137-159.

※2 小牧昌平. (1997). 一八世紀中期のホラーサーン: ドッラーニー朝とナーデル・シャー沒後のアフシャール朝.

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