上智大学 文学部フランス文学科 AO入試 小倉博孝ゼミ向け

  • 議論の整理

フランス古典主義を代表する悲劇作家であるラシーヌは古代ローマの史実や異教神話を題材にした作品を描いた。そんな彼の最後の作品である『アタリー』は、前作『エステル』と並んで聖書を題材した聖典劇として他の作品とは区別されて議論されている。神の摂理という要素を多分に含む聖書と、極めて人間的な視点から語られる悲劇はある意味では相反するものである為、この作品のもつ悲劇性は特殊なものとしてこれまで多くの議論の対象となってきた。

  • 問題発見

プレイアード新版を編纂したフォレスティエはこの作品を「神の現前と不在の弁証法」によって摂理的な物語として止揚していくと評しそこに悲劇性を認めなかった。しかしながら、この作品のタイトルであり、主人公と敵対する女王アタリーには確かに悲劇性を感じることができる。それはいったい何によるものなのだろうか。

 

  • 論証

藤本はこの評に対して、神の意思と人間の自由意思という二項関係のアンバランスさを理由に弁証法が成り立っていないことを指摘する。藤本の論によれば、この作品は摂理性で完結する物語ではなく、聖書的世界観と異教的神話との対比構造の上になりたつ悲劇なのだという。それを象徴する場面がアタリーの最期である。アタリーの罪業は息子である主人公ジョアスへと回帰していくことが仄めかされる。神の摂理から人間の罪業の回帰というテーマへの転換によって、聖典劇でありながら悲劇としても成立する物語が生まれたのである。私はこの論を踏まえて、他のフランス古典悲劇のテクスト分析を通じて悲劇性の表象について研究を行いたい。

 

  • 結論

上記研究を行うにあたって、これまで貴学において17世紀フランス古典悲劇に関する数多くの論考を執筆してきた小倉教授のもとで学ぶことを強く希望する。また、この研究を通して、フランス悲劇の原典を詳しく検討できるようにフランス語を習得することを目指したい。

参考文献

藤本武司 (2002) 「『アタリー』の悲劇性に関する一考察」『待兼山論叢 文学篇』 36, 1-13

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