上智大学 文学部ドイツ文学科 AO入試 メヒティルド・ドゥッペルゼミ向け

  • 議論の整理

トーマス・マンの魅力は一見簡単そうに見えて捉え難い彼自身の作家性であると私は考える。例えば、彼は著作『非政治的人間の考察』において「市民対ブルジョワ」という構図を提示する。これは彼の物語世界観を通底する一つの世界観であり、彼の芸術に対する態度にも接続する重要な構図である。いわく啓蒙された教養人を指す「ブルジョワ」に対し、彼の言う「市民」は無教養で非政治的なものである。一般論から捉えると、政治的関心を持たず無知な「市民」は「ブルジョワ」の下位に位置するものであると想起されるが、マンが表現する「市民」に否定的なニュアンスは存在しない。これがマンの作家性の特徴であり、しばしばイロニー的であると評される。

  • 問題発見

このようなマンの思想は彼の生い立ちと無関係ではない。商業都市リューベックの豪商の家系に生まれたマンは、合理主義的な「市民社会」の持つ生命力を感じながら育った。斎藤は『ブッデンブローク家の人々』に見られる彼の自然主義からの影響を指摘しているが、これも人間を単純な図式で割り切ろうとする合理主義との親和性が高いと言える。だが一方で、彼はロマン主義者でもあった。人間の捉え難さを芸術として昇華させようとするロマン主義と合理的市民としての二面性がマン文学の特徴だとすれば、彼の作品は日本においてどのように受容されたのだろうか。

  • 論証

マンから多大な影響を受けた作家の一人が三島由紀夫である。だが平野によれば三島文学はマンのイロニー的二元論を誤って解釈し、それが晩年の彼の政治活動家としての態度にも影響を与えたことを指摘する。彼は国家主義的な価値観から戦後社会を理解し、これをマンの「市民社会」と結び付けたのだった。三島にとってそれは無教養な市民が強者である戦勝国の価値観によって均一化されていくことを想起させるのである。この例に象徴されるように、マンの思想は日本的価値観と結びついて異なる色彩を帯びているのではないだろうか。そこで本研究では日本の作家がマンをどのように捉えていたのかを検討したい。

  • 結論

上記研究を行うにあたって、これまで貴学においてドイツと日本の文化の比較研究を行ってきたメヒティルド・ドゥッペル教授のもとで学ぶことを強く希望する。

参考文献

  1. 斎藤成夫 (2013) 「トーマス・マン『ブッデンブローク家の人々』-19世紀ドイツ市民神話としての-」『盛岡大学紀要』 30, 21-29

 

2.平野啓一郎 (2016) 「日本の一愛読者-トーマス・マンと三島由紀夫」『ドイツ文学』 153, 20-23

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