上智大学 文学部国文学科 AO入試 長尾直茂ゼミ向け

  • 議論の整理

幕末期から明治期にかけての漢詩の辿った歴史は劇的なものだった。頼山陽や藤田東湖などに代表される幕末期の詩人は、政治動乱のさなかにあって志士たちに愛される力強い詩を多く作っている。そこでは従来まで求められていた文学的洗練よりも、人々の心にどれほど直接訴えかけることができるかという伝達手段としての言葉の極致を求められるようになったといえる。限界まで無駄をそぎ落として作者の伝えたいメッセージをありのまま伝える詩はある意味で政治思想の発信と親和性が高く、山陽や東湖は自覚的にそのような漢詩の効果を利用していたのかもしれない。

  • 問題発見

明治期の漢詩もこの流れを引き継いでおり、新政府を批判する風刺的な詩が多く作られることとなった。さらに、文明開化によって変わる生活を描写する記録文学としての詩も存在し、明治期の詩は多彩な性格を帯びつつ盛り上がりを見せた。しかしながら、新政府が目指す欧化の潮流の中で、西洋の価値観を表現するのにより適した新体詩体が求められるようになり、漢詩が徐々に古いものになっていくのもこの時期であった。それでは、新体詩の登場が漢詩の表現自体に与えた影響はどのようなものだったのだろうか。

  • 論証

ここでは明治期の中盤における漢詩表現に注目したい。廣岡は西洋思想の重要要素である「愛」の表現が、漢詩の世界の感覚からは表現し難かったことを指摘している。確かに、漢詩における愛の表現は単なる男女や親子の情愛に限られてしまうが西洋思想における愛はキリスト教的な神の愛をも含む神聖なものである。しかし、漢詩にも新しい思想を表現するだけの懐の広さは存在するはずであり、明治期の詩人にもそれに挑戦した者がいたはずである。そこで、明治期の漢詩における西洋思想の表現に注目して分析を行いたいと考えている。

  • 結論

本研究を通じて漢詩の世界を立体的に理解することを目指したい。その為にも、これまで貴学において明治期の漢詩文をテーマに研究を行ってきた長尾教授のもとで学ぶことを強く希望する。

参考文献

廣岡守穂 (2017) 「詩とは何か―幕末の漢詩と明治の新体詩から考える-」『中央大学政策文化総合研究所年報』 21, 133-148

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