早稲田大学 文学部 AO入試 志望理由書 提出例(城倉正祥ゼミ向け)

■議論の整理

2011年に東日本大震災が起こってから丸9年が過ぎた。震災を歴史的にどのように考えるかという研究は、人文学の分野においては、特に都市研究や文学研究の中で発展してきているといってよいだろう。1923年に起こった関東大震災では、その後に復興していく帝都と言うものが震災後の都市と言う文脈で盛んに言及された。いま地震や天災と言うものはまた違う研究成果とともに語る必要があるように思われる。

■問題発見

今、私たちは、天災=自然の猛威というものに立ち向かわなくてはならない重大な局面にいる。“Act of God”とよばれる、不可抗力な天災に、私たちはどのように対応するべきなのか。そしてその対応を歴史の中に学ぶことはできるだろうか。

■論証

昔から、天災はある。地震もあるし、津波・洪水、疫病もあるだろう。これらは全て自然の災害としてとらえることができるが、私たちが考える「リスク」という観点を導入することで、天災に対するイメージも異なってくることになる。

■結論

リスクは、人間が対応可能なものにしか使用しない。私はいつか死ぬというリスクを抱えている、とは通常言わず、私はいつかがんになるリスクを抱えている、と表現することはできる。ここに隠れているのは、人間が対応可能な物、どうにかできるかもしれないものとしてリスクは存在するということだ。

■結論の吟味

さらに、このリスクに対応するものは時代によって異なるはずだ。昔はがんになっても対処する方法がないのだから、それはリスクではなく、天災に近い、天寿に近い感覚だったろう。リスクは必ず、その時代の歴史的布置=科学技術的文脈によって立つのであり、その意味で天災のとらえ方も異なってくる※1。

 

震災をどのようにとらえるか、どのようにリスクマネジメントするかという議論ももちろん大事だが、震災がどのようにとらえられ、どのような文脈の中で歴史的に語られ続けてきたかを考察することは、今私たちがその中にいる大きな枠組みを理解するうえで重要であるし、天災への政治的もしくは個人的対応として可能な方策を教えてくれるかもしれない。上記のようないまだあまりなかった天災と歴史という分野を様々な知見を駆使しながら歴史研究に根付かせてみたいと考え、貴学への入学を希望する。

 

※1 城倉正祥「自然災害と生きた人々――火山と地震の考古学――」『史観』2012(166)

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