早稲田大学 文学部 AO入試 志望理由書 提出例(兼築信行ゼミ向け)

■議論の整理

本文研究は地道な作業だ。活版印刷がなかった時代は、丁寧に本を書写することで、本は流通する。不可解な一文字があり、その内容が判然としない。文脈がうまく取れない、ということはほかに正しい書写したものがあるかもしれない。そのような本文研究の営為によって今の私たちは、活版印刷がなかった時代の古典に親しむことができている。

 

■問題発見

一方である程度意味が通る本文に対して、別の本文が出てきたとする。そのときの異同をどう考えるか。しかも奥書にしっかり書写した人物の名前まで書いてある。ほかの伝奇的事実によれば、その人物はだれだれの本をしっかりと書写したという事実まで確認できる。だが本文に異同がみられる。このような事態をどのように理解すべきだろうか。

 

■論証

何かを何かに移すとき、その反復の作業のなかには、必ず差異が紛れ込む。その際は意図的な差異かもしれないし、無意識的な差異かもしれない。そのような本文研究を私も行ってみたい。真観奥書古今集を研究したものによれば、定家本の書写をした真観の執念がそこに見られるという。「定家筆の証本事態を乳することは叶わない。であるならば、その限りなく正確な複写を企図するほかあるまい。一見無意味とも思える、同一仮名字母の自体レベルに及ぶ校合は、定家筆証本の微細な際までも手中にしたい願望が、しからしめたところである。」※1

 

■結論

上記のように、本文研究として書写本研究だけでなく、当時の文筆家の思いまでもそのエクリチュールの中に読み込もうとする研究は私にとってひどく魅力的なもののように思われる。本を読むという行為がそこには刻印されているように思われるからだ。

 

■結論の整理

物語が作者から離れて久しい。テクストはもはや作者の物ではなく、読書行為の中に開かれている。しかし私たちは読みはするけど書きはしない。読む行為は書く行為と同じくらい想像的だが、活版印刷の中で私たちはそれをしていない。だが、昔の人はもしかしたら、書くように読んでいたのかもしれない。そんな魅力をこの本文研究に私は感じている。読書とは何か。その根源的な問いに対する研究を突き詰めてみたいと考え、貴学への入学を希望する。

 

※1兼築信行「真観奥書本古今集の面影」『中世文学』62(0)中世文学会 2017

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