早稲田大学 文学部 AO入試 志望理由書 提出例(藤井慎太郎ゼミ向け)

■議論の整理

演劇は身体を伴うものだ。小説であればメディアは文字になり、映画であればメディアは映像と音声になる。その点演劇では身体というメディアが前景化され、情動とともに観客に提示される。演劇芸術はいまの文化政策においてどのような立ち位置にあるのだろうか。

 

■問題発見

公共性の概念から考えて、芸術を保護しようとする運動や文化政策が広く行われているが、江戸時代には「悪場所」とみなされていた歌舞伎・文楽も含めて、現代では演劇全般の公的助成制度が拡充されて適用されている。しかし、演劇芸術では、1960年代のアングラ演劇しかり、民衆に寄り添った革命的な演劇も多数存在するため、ある意味で公共的な政策と合致しない場合が多く、国と制作側(ドラマトゥルク/ドラマトゥルギー※1)での齟齬が起きている。しかし、そもそも公共性とは何か。公共的な演劇とは何なのかを考える必要があるだろう※2。

 

■論証

ハンナ・アレントは『人間の条件』※3で、公共性を多数性に基づいて考察した。公共性が保たれているという状況は、それぞれが異なる考えや思想を持っていることを容認することこそが、公共性が高い状態だということになる。一方政策を行使するいわゆる政治とは、友と敵を区別することだとするのがカール・シュミットの考えである。多数性をもとに、それでも一つの政策を実施することが政治であり、一方でそれは敵を作り、多数を少数にする行為だ。

 

■結論

であるならば、民衆の芸術として今まで存続を続けてきた演劇は、多数性を象徴する身体表現の場として、公共性の土台だということになるだろう。その中には、反政府的なものや頽廃的なものも含まれるかもしれない。しかし、その多数性を守ることがひいては公共性を根拠づけるものであると同時に、政治を執行するための判断材料になるはずだ。

 

■結論の吟味

ヘイトスピーチや差別表現が問題になっている昨今、ある種の民族主義や保守思想が強まりを見せている。いまこそ、多様性を確保し、表現の自由を民衆の中で確保すべきだと私は考えている。将来の演劇の保護も含めて、今できる文化政策のあるべき姿を考えていきたい。

 

※1藤井慎太郎「ドラマトゥルクとドラマトゥルギー」『演劇学論集』(66)日本演劇学会  2018

※2藤井慎太郎「演劇と公共性 フランスと日本の比較を通じて」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』(63) 2018

※3ハンナ・アレント『人間の条件』筑摩書房 1994

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