早稲田大学 法学部 AO入試 志望理由書 提出例(下田啓研究会向け)

  • 議論の整理・・・

日本では、5~6世紀に中国から書き言葉として漢字が輸入された。そして、明治維新期に、標準語として「国家語」すなわち「国語」が整備され、言語を統一しようとする運動が始まった。例えば、1866年に、前島密が15代将軍徳川慶喜に建白書を上申し、学習困難な漢字を廃止し仮名文字を国語とするべきと主張した[1]

他方、方言弾圧が始まった。言葉はコミュニケーションの手段であるため、記号としての規則が国民に共有されるほどその価値が高まり、価値が高い言語を所有する共同体はより大きな社会的影響力を持つと考えられた。

  • 問題発見・・・

では、日本において、言語の統一性と多様性の問題について、どのような政策が行われてきたのだろうか。

  • 論証・・・

私は、これらの問いに答えるには、日本の言語に関する法制史の正確かつ緻密な理解を前提として、様々な資料を参照することが重要だと考える。例えば、明治維新期の日本における「国語」創成と方言の発見について研究した下田啓教授は、方言の弾圧は、近代日本における言語政策における束の間かつ例外的なものであったことが証明されるとし、19世紀後半、国家の命令によって言語的な恐怖と苦痛が一気に高まったものの、日本の忍耐強い国民性によって、地域の多様性が受け入れられるようになり、方言が生き残り、持続し、その価値を取り戻したのだと指摘している[2]

  • 結論・・・

そこで、戦後日本史、1852年の死魚中毒事故とその背景、福島における明治期の開発政策などを専門的に研究し、近現代日本史の専門家として名高い貴学法学部の下田啓教授に師事し、上述の問題点を整理するべく法制史を中心とした近現代日本史について研究を深めたいと考えている。

貴学法学部の下田啓研究会が上述の研究を進めるのに最適な研究環境との確信のもと、貴学法学部に入学し下田啓研究会に入会することを強く希望する。

[1] ソジエ内田恵美「日本の言語政策における統一性と多様性」敎養諸學研究125号(2008年)53頁。

[2] Shimoda Hiraku “Tongues-tied: The making of a “national language” and the discovery of dialects in Meiji Japan.” The American historical review 115.3 (2010): 714-731.

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